ピンチをチャンスに変え、新たな価値を生み出した
――今年2月に新型「デリカD:5」が発売されました。ユーザーからの反応はいかがですか。
【中島】おかげさまで、「12年分の進化がしっかりと詰まっているね」といった声を多くいただいています。もちろん開発陣として自信を持って送り出したクルマですが、反響は私たちの想像以上でした。
具体的には、例えば「走り」。力強さと快適性を兼ね備えた走りは、もともとデリカの特長ですが、これまでのモデルを知るお客様から「どこを改良したら、こんなによくなるの」という言葉もいただいています。実際、試乗会でも操縦安定性の担当エンジニアが説明員として対応していましたが、引っ張りだこでした。
私自身、試作車の段階で「これはなかなかいいな」と手応えを感じ、さらにブラッシュアップを重ねる中で「かなりいけるんじゃないか」という感覚を持っていました。山道でも、街中でも、しっかりと路面をつかまえてくれるし、ハンドルを切るととても素直に反応してくれる。まさに三菱自動車が求めている走りです。そうした部分をきちんとユーザーに評価していただけるのは、やはりうれしいですね。
――今回のリニューアルの狙いについて聞かせてください。
【中島】一言でいえば、“質感の向上”です。走行性能、そして安全性能などの動的な部分、また外観やインテリアといった静的な部分、双方のクオリティをバランスよく高めていくことを目指しました。「バランスよく」という言葉は、開発予算をいかに最適な形で配分するか、ということも意味しています。どんな開発も、当然ながら投資できる枠は決まっており、その中でメリハリをつけていくことになります。新型「デリカD:5」では、それが非常にうまくいきました。さらに言えば、ピンチをチャンスに変えて、新たな価値を生み出すことができた。そう思っています。
――具体的にはどういうことでしょうか。
【中島】いくつかあるのですが、例えば今回のリニューアルでは歩行者保護の安全基準対応のために、フロントのデザインを大きく変えました。フロント部分の上下の幅が広がり、前にも伸びた。すると構造上はどうしても操縦安定性に必要な剛性が落ちることになります。しかし操縦安定性の担当エンジニアとしては、剛性を落とせない。そこでフロントの骨格構造を見直すと共に、効率よく補強部材を追加し、頑張って剛性を確保しました。実はそうして達成した高剛性ボディが、サスペンションなどの見直しとも相まって、操縦安定性、操舵感の向上に大きく貢献したのです。
その他、技術的な話を少し続ければ、環境性能向上のために採用した尿素SCR(※1)という排気ガス浄化システムは重たい装置ですが、その重さが功を奏して燃焼音の低下とともに音質が単調になり、エンジンノイズがサウンドに変わりました。また、もう一つの排ガス浄化装置であるEGR(※2)の作動領域も拡大化したことにより、出力、加速性能が低下しました。これを打ち返すため、排ガス浄化のために行ったエンジン内のフリクション(機械的摩擦)の低減を活用し、燃料噴射制御を工夫することで、エンジン回転の上昇がスムーズになりレスポンスの良い走りを実現したりといったことがありました。
(※1)選択触媒還元脱硝装置 (Selective Catalytic Reduction)
(※2)排気再循環(Exhaust Gas Recirculation)
要は開発上の制約や条件を単に受け入れるのではなく、それによって付加価値を生み出すことに成功したのです。そうした事例が特に際立ったのが、今回の新型「デリカD:5」の開発でした。
――「ピンチがチャンスに転換する」ということは、開発の中でしばしば起こるのでしょうか。
【中島】起こります。ただし、偶然起こるかといえば決してそうではありません。「何かいい手はないか」「この方法ならいけるんじゃないか」――。エンジニアが諦めずに、とことんまで追求した結果、転換が訪れるのです。先ほどのフロントの剛性にしても、「多少の低下は仕方ない」と思えばそれまでです。しかしデリカは、50年以上前に「様々な道路状況において、確実に乗員や荷物を目的地まで運ぶ」をコンセプトに誕生し、脈々と進化を重ね、磨かれてきたクルマ。それを受け継ぐエンジニアには“譲れない一線”が存在するのです。
――エンジニアが誇りを持って開発にあたっている、と。
【中島】そうです。リニューアルの目的である“質感の向上”を実現するにあたり、開発陣には「唯一無二のオールラウンドミニバンであるデリカの本質を『継承』し、『進化』させ、『弱点を克服』せよ」という使命が与えられました。「継承」「進化」「弱点を克服」というと抽象的な言葉かもしれませんが、エンジニアにはある意味それで十分。それだけ聞けば、個々の担当者が“何をどう改善すべきか”をイメージすることができるのです。
なぜならデリカは、いわばボトムアップ型のクルマだからです。これまで開発に携わってきた歴代のエンジニアが「こういうクルマがほしい」「こうでなきゃいけない」という思いを持って、それぞれの時代が求めるデリカを追い求めてきました。そしてそれは、今も変わりません。プロジェクトリーダーが細かく指示しなくとも、「デリカがデリカであるためには、こうあるべき」という基本的な部分は共有されているのです。
ブランド・メッセージ“Drive your Ambition”を具現化
――新型「デリカD:5」の代表的なリニューアルポイントについて教えてください。
【中島】三菱自動車のフロントデザインコンセプト「ダイナミックシールド」や縦型のマルチLEDヘッドライトを採用した特徴的なエクステリアは大きな変更点です。一方で、見た目以外でもさまざまな改良が行われました。例えば、トランスミッションは従来の6速ATから8速ATとして段数が増えたことで、適切なギヤを選択でき、いっそう滑らかな走りを実現しました。また、ワイドレンジとなったことで1速はローギヤ化することができ、悪路の走破性が高まり、さらに8速のハイギア化によって高速走行での燃費が向上しました。
また、安全性能の向上も今回のリニューアルのポイントです。予防安全技術への期待の高まりに対応し、衝突被害軽減ブレーキシステムや車線逸脱警報システム、レーダークルーズコントロールシステムなどからなる「e-Assist」を採用しました。
細かなところでは、車内の静粛性に関して“会話明瞭度”が上がるようにするため、特定の周波数のノイズをできるだけ排除することを考え、吸音材、遮音材についての改良や配置の見直しを行いました。さらに“質感の向上”という目的を達成するためにはどうするかを徹底的に考え、チューニングを行ったのです。
――そうした点も「12年分の進化」の一端ですね。
【中島】はい。新型「デリカD:5」を含め、三菱自動車は4WD技術の開発に歴史的にもこだわってきました。独自の4WD技術の開発には当然ながら相応の投資が必要となります。そこで初めにお話しした経営資源の最適な配分、バランスという課題が出てくる。4WD技術の質を堅持した上で、いかに限りのある経営資源を活用して、ワンランク上のクルマをつくり上げるか。繰り返しになりますが、今回のリニューアルはそこが非常にうまくいきました。
――ミニバンは、子育て世代にファミリーカーとして支持されている面があります。新型「デリカD:5」をどんな人たちに届けたいですか。
【中島】オールラウンドミニバンであるデリカは、その名のとおりキャンプやスキー、高速での遠出、そして街中、どんなシーンでも安心、安全、快適を提供するクルマです。子育て世代はもちろん、さまざまな世代に乗っていただきたいと思っています。
ただ、デリカのユーザーは単に世代で語ることはできないとも思っています。「このクルマは乗る人の“ライフステージ”より、“ライフスタイル”に寄り添うクルマである。」あるとき、ふとそんな思いが私の中に浮かびました。子育て世代などライフステージに合っているということを超えて、デリカはお客様それぞれの趣味、さらには生き方を支えるクルマであって欲しいですし、十分にそれができるクルマだと自負しています。
――三菱自動車のブランド・メッセージ“Drive your Ambition”ともつながる話のように感じます。
【中島】「『行動範囲を広げたい、さまざまなことに挑戦したい』。そのような志を持ったお客様を、私たちはサポートし続けます」というのが“Drive your Ambition”に込められたメッセージです。歴代モデルも含め、デリカというクルマはまさにそれを具現化するクルマだと思います。厳しい環境にも耐えるタフさを備え、いざというときに頼もしい“相棒”となってくれるクルマ。私は新型「デリカD:5」をそう紹介しています。
新型「デリカD:5」を運転されたある著名人が「なんだこの楽しさは。免許を取って以来の快感だ」とおっしゃったのが印象的です。私自身が最初の試作車に試乗したとき、思わずほほが緩んだことを思い出しました。さまざまな自動車メーカーがある中で、三菱自動車としてはやはり乗って楽しいクルマを造りたい。新型「デリカD:5」でも、ぜひ多くの人にそれを実感していただきたいと思っています。