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〈この記事の監修〉
川嶋 朗
日本内科学会認定総合内科専門医、東京有明医療大学教授。ベストセラー『心もからだも「冷え」が万病のもと』(集英社新書)、『58歳からの人には言えないからだの悩み』(講談社)、『クールな男は長生きできない』(オレンジページ)、『「見えない力」で健康になる』(サンマーク出版)など著書多数

健康だと自負している人ほど危ない「胃腸負債」

職場では仕事の重責を背負わされる一方、健康面では体調の変化から、実感として「老い」を意識し始める50代。最近は「人生100年時代」の到来とともに、ますます健康への意識が高まっているなか、見過ごされがちなのが「胃腸不調」です。加齢や慢性的な疲れが原因で、わずかな胃腸不調が借金のように蓄積すると、「胃腸負債」となって、体の不調はもちろん、命に関わる病気のリスクを高めてしまいます。50代を過ぎても胃腸が元気だったころのイメージで、若い時と同じような食生活を続けていると、知らぬ間に胃腸に負担を与えてしまい、「胃腸負債」をさらに増やす結果になるため、注意が必要です。

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胃腸は、食物をエネルギーに変換する消化器官です。しかし、加齢に伴い、どうしてもその働きは弱くなっていきます。例えば免疫力を左右する腸内細菌。これは発がん性物質の生成など体に有害な働きをする「悪玉菌」、悪玉菌の増殖を抑え腸の動きを活性化させる「善玉菌」、これらのうち多い菌に味方する「日和見菌」の3種類に大別されます。健康な人の腸内細菌は、悪玉菌10%、善玉菌20%、日和見菌70%といわれており、悪玉菌が増えると発がんリスクが高くなり、免疫力は低下します。免疫力が低下すると、腸の炎症や感染症のリスクも高まります。女性に多い便秘も免疫力低下の大きな要因ですが、50代を過ぎると腸機能の低下するため、男性でも頑固な便秘に悩む方が多くなります。

東洋医学では胃腸や腸内環境が悪化すると、全身に必要なエネルギー(気)が補充できず、老化促進のほか、疲れやすさ、むくみ、冷え、頭痛、肩こりなどの不定愁訴を招くとされています。代謝も悪化し、肌のトラブルや肥満につながることも。実際に、食が細くなると栄養が偏ったり、ご飯や麺類など主食に多く含まれる炭水化物が上手にエネルギーへ変換されずに余分な物が体に溜まったりして、「以前より食が細くなったのに、太る」といったケースがよく見られます。

ストレス、疲労も胃腸の大敵

胃腸の活動には自律神経が大きく関わっています。自律神経には、活動系の交感神経とリラックス系の副交感神経があり、普段は両神経がバランスを取っています。しかし心身にストレスがかかるとこのバランスが崩れ、胃液の分泌や栄養の吸収、排泄が正常に行えなくなることも。季節の変わり目やライフステージの変化の際に胃腸の変調をきたしやすいのは、そのためと考えられています。

この考え方は、東洋医学も同じです。東洋医学では、人の体を「肝・心・脾・肺・腎」の五臓に分け、各機能がつながっていると考えます。自律神経にかかわる「肝」が乱れると、胃腸にかかわる「脾」に悪影響を及ぼす、つまりストレスは胃腸に悪影響を与えると考えられています。責任世代の胃腸にとって、ストレスとの向き合い方は重要な課題といえるでしょう。

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また、ビジネスパーソンが抱えがちな「疲れ」や「だるさ」といった不調も、胃腸に原因が潜んでいる場合があります。最近では、労働環境の変化やスマートフォン、SNSの普及などにより、疲労の慢性化はますます増加傾向にあるといいます。ある調査では、東京で勤務するビジネスパーソンの79.8%が疲労を実感しているというデータも(※)

 

(※)養命酒製造株式会社「東京で働くビジネスパーソンの疲れの実態」調査2018

胃腸の不調は認知症にも影響を与える?

「腸は第二の脳」といわれるように、胃腸の不調は脳にも影響を及ぼします。腸は自律神経やホルモンなどを介して、脳と密接かつ相関的に関連し、この関係性は「脳腸相関」と呼ばれています。

例えば、ストレスによる不調や病原菌の感染など腸の情報は大脳に伝わり、お腹の痛み・不快感のほか、抑うつ・不安などの情動を引き起こします。これらの情動は、反対に腸へ伝達され、その働きを悪化させることがあります。腸の不調が脳にストレスを与え、そのストレスがさらに腸内の乱れを生む可能性もあります。

最近では腸に加えて、数百~約1,000種類生息している腸内細菌も脳に影響を及ぼすといわれており、「脳-腸-腸内細菌軸」「脳-腸-微生物相関」という概念が提唱されています。国立長寿医療研究センターの研究では、認知症でない人は腸内細菌の「バクテロイデス」が多く、少ない人に比べて認知症罹患率が約10分の1であることが判明しました。詳しい因果関係は不明ですが、腸内環境の状態が認知症に関連することが指摘されています。

胃腸負債を完済に導く4つの秘訣

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胃腸負債を返済していくためにも、大切なのは胃腸に負担をかけない健康的な生活習慣です。今回は、毎日の生活の中で取り入れやすい4つの秘訣をご紹介。

1 食生活
胃腸に余力を残すため腹八分目を基本に、油っこい・甘い・生もの・冷たい・辛いなどの食べ物を避けること。胃腸は冷えに弱いため、体を冷やす食材は特に避けた方が良いでしょう。

2 睡眠
質の良い睡眠は、体力と胃腸の働きを回復させます。安眠の秘訣は、消化後に就寝できるよう3時間前までに食事を終え、部屋の照明を落とすことです。普段の就寝では睡眠時間が十分でない方、年齢とともに眠りが浅くなってきた方は、日中に30分以内の昼寝をして胃腸の働きを回復させましょう。

3 適度な運動
運動は、ほどほどに取り入れましょう。東洋医学の「脾」は胃腸と筋肉の働きに関係しており、加齢で胃腸の働きが弱くなると、強い筋肉を作りにくくなると考えられています。まずは胃腸の働きを高め、強い筋肉を作りやすい体にするとよいでしょう。

4 薬酒の活用
少量のお酒は体を温めます。特に、生薬をお酒に漬け込み、薬効を抽出した薬酒は、食欲増進や胃腸の働きを高める効果があります。加齢により、胃腸の働きが低下している方、食が細くなっている方は、食前酒として飲むことをおすすめします。