人手不足でアルバイトやパートの確保も難しい……。そんな悩める経営者にとって注目のキーワードがある。リクルートホールディングスが2019年のトレンド予測において発表した「学び場イト」(アルバイト・パート領域)だ。アルバイト・パートスタッフ向けにも、学習の場を提供する企業が増えていることをとらえたものである。この「学び場イト」が採用力強化や競争力強化の起点になる――。そう語るリクルートジョブズの柳谷元樹氏に話を聞いた。
柳谷元樹(やなぎたに・もとき)
株式会社リクルートジョブズ タウンワーク編集長

時給アップで人を集めるのは難しい時代に

――まず、人手不足の現状から聞かせてください。

【柳谷】厚生労働省が発表する有効求人倍率は昨年来およそ1.6倍程度で推移しています。つまり仕事を探している100人に対して160件の求人がある状態。これはバブル期を超えて過去最高の数値です。また、アルバイト・パートに関して、募集時の時給は5年以上にわたって前年同月比の更新を続けています。

ここで重要なのは、労働人口が減少する中、今の状態は、決して一過性のものではないということです。

――企業は、アルバイトやパートの採用、その後の育成について見直しを迫られているということでしょうか。

【柳谷】そう思います。賃金面だけを上げ続けるには限界があり、短絡的に上積みするのは難しい。となれば、募集にあたりその他の側面で差別化していくことが求められます。また、かつては人が辞めても、新たに採用をかけて補充できましたが、今はそうしたやり方では回らない。採用した人材にいかに長く定着してもらうかという視点もいっそう重要になっています。

まさにそうした中で見られるようになってきたのが、私たちが「学び場イト」と名付けた動きです。正社員だけでなく、アルバイト・パートスタッフにも「賃金+α」の学びの場を提供し、スキルアップ、ステップアップを後押ししていく。そうした取り組みによって、人材面の課題解決、さらには業績向上を実現している企業が出てきているのです。

お金以外の“働く目的”とは

――求職者の側にも意識の変化が見られるのでしょうか。

【柳谷】当社が行った求職者の動向と意識に関する調査(以下参照)では、働く目的として“自身が成長するため”と回答した人が2割近くに上りました。もちろん収入の確保は大前提ですが、それ以外の面にも働く目的を見出している人が相当数いることが明らかになっています。

出典:株式会社リクルートジョブズ「求職者の動向・意識調査2017 基本報告書」(回答者数=19,287人)

例えば大学生なら、入学時から「どんなアルバイトをすれば後のキャリア形成に役立つか」など、将来を見すえてバイト先を選択する。また、スポット的なアルバイトで複数の職場に出向き、経験を積んでいるというケースも珍しくありません。他方、シニアを中心に“社会とのつながりを得るため”といった回答も多くありました。

仕事を通して成長していける。人とのつながりが持てる。自己実現につながる。アルバイト・パートの分野でも、「働く」ことに求める要素として、金銭以外の理由により焦点が当たるようになってきたのです。今回私たちは、「学び場イト」という言葉を使いましたが、そこには知識やノウハウの習得だけに留まらず、人生をより豊かにする場という少し広い意味を込めています。

独自の研修活動などで離職率が低下

――求職者側のニーズに応える企業の動きについて教えてください。

【柳谷】当社の「タウンワーク」における求人原稿で「スキルアップ」「自己啓発」などのワードを使う企業が着実に増えています。2016年6月期と2018年6月期を比べると、およそ30%増加していました。さらに厚生労働省の調査でも、企業における今後の研修予算について「正社員向け」より「正社員以外向け」の増加見込みのほうが大きい。そうした傾向があることがわかりました。

出典:平成29年度 厚生労働省「能力開発基本調査」

――具体的に、企業ではどのような「学び」の機会が提供されているのですか。

【柳谷】今回、当社としてもいくつかの企業に直接取材を行いました。それによれば、例えばあるお店では、外国人客に対応するため、希望者に英語研修を実施。入門者向け、上級者向けなどレベル別の研修を時給を発生させた状態で行っています。また、ソムリエ資格研修や着付け講習なども提供。スタッフからは「働きながら知識を得て、資格も取得できる環境が魅力」といった声があがって応募者も増加し、一方で外国人客のリピート率も約2倍になっています。

ほかにも業務時間内にマネジメント研修や語学研修を実施して離職率が半分以下に減った企業や、多彩な研修やアルバイトの表彰などを行った結果、離職者が大幅に減った企業がありました(各事例の詳細は記事の最後で紹介)。

好循環をスタートさせるのは経営者の決断

――「人が採れない、定着しない」と言われる時代ですが、改善の余地はあるということですね。

【柳谷】そう思います。求人広告を出すにも、採用したい人の属性を考え、その層がメリットを感じるような事項を印象的に表現してみるといいでしょう。「どんな情報をどう伝えるか」で反応は大きく変わります。例えば、求職者が抱えている制約に合わせて、労働時間を短く区切るなどの発信をしたり、スキルアップや研修内容についても成果などを具体的に紹介することで、マッチングの精度は高まるはずです。

――そうして採用した人材をしっかり定着させていく、と。

【柳谷】はい。かつて企業にとっては、アルバイト・パートは日々の業務をつつがなく進めていくための要員として、捉えられていた側面もあったかもしれません。しかし人材不足が続く状況で、企業側の「優秀な人材を採用して、その人に活躍してほしい」という思いはますます強まり、何か新しい検討をはじめられてきているかと思います。一方、求職者の側でも、働き方が多様化し、人生100年時代ともいわれる中、働くことによって自己実現したい、人生を豊かにしたいという欲求が強まってきた。こうした双方の思いが噛み合い始めたのが今の状況だと思います。

――最後にあらためて、人材不足に悩む経営者などにメッセージをお願いします。

【柳谷】私たちは、アルバイト・パートのための「学び場」づくりが事業成長の源泉になると考えています。教育への投資は、従業員満足度の向上をもたらし、人の定着、そして成長につながっていく。そして人の成長は顧客満足の向上につながり、事業の競争力を高めます。それによって業績が伸びれば、さらに教育へ投資することが可能となり、採用力の強化にもつながります。

もちろんこうした好循環をすぐに生み出すことは簡単ではないでしょう。しかし、冒頭にもお話ししたとおり、現在の人手不足の状態は今後も続いていく可能性が高い。働く人たちのニーズにしっかり応えることで、新たな発想、工夫によって現状を打破することができる時代でもあります。好循環をスタートさせるのは、何より経営者の決断にほかなりません。

企業と求職者のニーズのミスマッチをなくすことを役割とする私たちとしても、その決断に役立つような事例を、今後も発信していきたいと考えています。

事例1:「人形町 今半」(和食店/接客)

東京・日本橋の人形町に本店を置く、すき焼、しゃぶしゃぶ、日本料理の専門店。外国人客の増加により、英語による接客の必要性が上がったことから、希望者に対して、英語の12週集中研修を定期的に開催。オリジナルのテキストを使用し、初心者向けのカタカナ英語研修からネイティブとのALL ENGRISH研修まで、3種類の研修を行っている。あわせてソムリエ資格研修や着付け講習、店舗で使用する肉について学ぶ精肉工場研修なども実施。充実した研修を行うことで、働きながら知識を深め、資格の取得にもつなげていける職場環境に魅力を感じた求職者による応募が増加。また、外国人のリピート率アップにもつながっている。

事例2:「テレコムスクエア」(通信機器のレンタル/コールセンター受付)

携帯電話、SIMカード、データ通信機器などのレンタルを中心に事業を展開するテレコムスクエア。事業拡大に伴う人員確保が急務となる中、「雇用形態にかかわらず、従業員には成長してほしい」という担当者の思いもあり、取り組みを開始した。プレゼンテーションや会議進行など、リーダーに必要な能力を学ぶマネジメント研修を就業時間内に提供。「勤務中にスキルアップに挑戦でき、仕事も子育ても充実している」などスタッフから好評を得ている。また週に2回、定期的に、すべて英語で行われる英語研修の場も用意。離職率が高めのコールセンター業界にあって、一部の実施部署では離職率が2年間で半減するという成果を上げた。