ますます先の読めない時代になっている――。これは今、ほとんどの経営者に共通する思いに違いない。しかし、ただ「先が読めない」と言っているばかりでは、企業の舵取りはできない。前進するには、多様な課題を整理し、進むべき航路を定めることが求められる。まさにそうした中、デロイト トーマツ グループから公表されたのが「不確実な時代に強みを再定義~『現場エコシステム』で確実なる底力」だ。同グループの連携を推進する基盤として誕生した「デロイト トーマツ インスティテュート」(DTI)(※)が発行した最新レポートである。そこには、どんなメッセージがあるのか――。DTIの代表を務める松江英夫氏に聞いた。

経営者が捉えるべき3つの潮流

──「不確実な時代に強みを再定義~『現場エコシステム』で確実なる底力」では、まず「日本を取り巻く3つの潮流」がまとめられていますね。

【松江】現在、あらゆる産業において経営環境が前例のないスピードで変化しています。私たちは、それを3つの潮流として以下のとおり整理しました。

①ポストグローバル化

自由貿易体制を軸にしたグローバル化への反動が起きている。例えば、米国は「米国第一主義」を掲げ、英国はEU離脱を決定。米中貿易戦争は深刻化している。グローバル化とは正反対の「フラグメント化」が進んでいる。

②デジタル化

デジタルエコノミーの到来に伴い、国家、業種の枠組みを越えて多様なステークホルダーが相互につながりを深めている。GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)の台頭が象徴するように、データを握るグローバルプラットフォーマーが圧倒的な支配力を保持するようになっている。

③ソーシャル化

地球温暖化に伴う環境破壊やプラスチックによる海洋汚染など、国際社会が共通して直面する社会課題が深刻さを増し、「SDGs(持続可能な開発目標)」や「ESG(環境・社会・ガバナンス)投資」が盛んに議論され。企業が持続的な成長を遂げるうえで社会課題解決への貢献が欠かせない要素になりつつある。

デロイト トーマツ インスティテュート「不確実な時代に強みを再定義~『現場エコシステム』で確実なる底力」より

ここで一つ重要なのが、いずれの潮流も極めてアンコントローラブルであるということです。例えばブレグジットにしても、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)の躍進や地球環境問題にしても、日本企業が直接コントロールできる部分はほとんどありません。

しかし、それらの日本企業への影響は非常に大きい。ここに、今の時代の問題の難しさがあります。コントロールできないものを無理に制御しようとしても実りは少ない。そうした中では、やはり自らの強みにあらためて目を向け、それを磨いていくことによって現状を打破していくことが求められます。

――3つの潮流に対する日本の経営者層の認識や備えは十分といえるでしょうか。

【松江】業種や企業によって濃淡はありますが、全体として今の日本は流れに乗れていないという共通認識はあると思います。例えばデジタル化の分野では、「プラットフォーマー」と呼ばれる事業者が次々と新たな付加価値を生み、世界で利益を上げているわけですが、日本企業はなかなかそこに食い込めていない。この事実を否定する人はそういないでしょう。

――日本は他国に比べてイノベーションが遅れているという指摘もあります。

松江英夫(まつえ・ひでお)
デロイト トーマツ グループ CSO、デロイトトーマツコンサルティング パートナー
デロイト トーマツ インスティテュート 代表

経済同友会幹事。中央大学ビジネススクール客員教授、事業構想大学院大学客員教授、フジテレビ 「プライムニュースα」レギュラーコメンテーターなどを務める。

【松江】ここで考えたいのは、もともと日本企業にはイノベーションを起こす力や資質がなかったのか、ということです。結論から言えば、私はそうは思いません。むしろ、これまで築いてきたものが大きくシフトチェンジができなかったと見ています。

「失われた20年」という言葉が象徴するとおり、1990年代以降の日本企業は、バブル崩壊、さらにリーマン・ショックの痛手から立ち直るべく、足元を固め事業を継続することが喫緊の課題で、新しいことに投資することがなかなかできませんでした。

加えて根本的な原因として、日本は経済大国の地位を確立した故に抱える2つのジレンマに陥ったと見ています。1つは、一定の豊かさを享受しているが故に新たなものを生み出す危機感が乏しいこと。2つ目は、今までの成功を支えてきた社会・経済システムの完成度が高い故に、新しいものを作るには既存のものを壊すエネルギーが相当必要になること。――いわば過去の成功体験がイノベーションを阻害するジレンマになり、中国や他の新興国など壊すものがないところから新たに作る国に比べ、イノベーションの遅れの原因になっていると思います。

これから日本が成長してゆく上では、グローバルな視点から自らを客観視する一方で、今一度、日本の強みを再定義することで、他と差別化した勝ち筋を冷静に見極めてゆくことが肝要です。

持続可能な成長に向けて取るべき指針とは

――日本がこれから成長する上での「強み」とはどのようなものだと考えられますか。

【松江】キーワードは“現場”です。ここでいう現場とは、質の高い製品やサービスの生み出してきた生産現場はもとより、品質の選別基準で「世界一厳しい」と言われるユーザーや消費者も含みます。

異なる考え方ややり方を一つにまとめ上げる「擦り合わせ」の力などは、日本の生産現場の強さの象徴。一方、「廉価で高品質」「和洋テイストの融合」など矛盾する概念に価値を見いだす消費者も「ジャパンクオリティー(日本品質)」を生み出す日本の現場力といえます。

しかし先に述べたように、グローバル化やデジタル化の中で内向きな自前主義や変化を好まない保守的な姿勢が、時代とのずれを生んでしまった。

だから、それを打開するために「外向きに開放する、能動的に働きかける」というスタンスに転換することが大事です。元来の現場の強みを活かすため、国内外の多種多様なプレーヤーとの開かれた競争やコラボレーションを推進し、新たな活力を注ぎ込む生態系(エコシステム)とも呼ぶべきメカニズムをつくっていく。いわばこれからは「現場エコシステム」の構築が必要です。

――冒頭にあった3つの潮流も踏まえて「現場エコシステム」をどのような方向性で活かすべきか。少し解説をお願いします。

【松江】「不確実な時代に取るべき指針」として大きく以下の三つが考えられます。

指針① 真のグローバル化

指針② 最強のカタリスト

指針③ 新たなる内需

「真のグローバル化」は、現場エコシステムを基軸に集中化と分散化を高度な次元で両立させるグローバル化のことです。とりわけ、現場エコシステムの中核を担う「マザーファクトリー(世界最強の工場)」や「マザーマーケット(世界で最も厳しい消費者)」という視点で、グローバルに見て競争力のある「現場」の経営リソースは日本へ集中するという方針を今まで以上に意識する必要があります。同時に、世界経済のリスクを分散化する意味も踏まえて、現地化・地産地消など世界各地への進出を図ります。現地法人への権限委譲を進めながら、同時に不確実性に対応すべくグローバル本社機能の強化も行う。そうした遠心力と求心力のバランスの取り方がますます重要になるでしょう。

――「最強のカタリスト」についてはいかがですか。

【松江】一般にカタリストとは変化を促す媒体を指します。日本企業は現場エコシステムにおける自社の強み・特性を活かしながら、デジタル化がもたらす様々な変化を演出する不可欠な媒体として、独自の立ち位置を築いていくことが可能です。具体的には二つの方向性が考えられます。

一つは、「現場」の技術や知見を活かして、メガプラットフォーマーのビジネスを支える中核的部品や素材を提供する「中核サプライヤー」となる。いわば黒子として存在感を示す道です。

もう一つは、「現場」から得られる高精度な“リアルデータ”を駆使して、自らプラットフォーマーとなる「リアルプラットフォーマー」の道です。リアルデータを機械に組み込んで自動化していくといった取り組みは日本が得意とするところ。ここに勝ち筋を見いだすことができます。

――「新たなる内需」について、内需を重視するのはやや意外な感じもします。

【松江】これからの時代の不確実性は海外が発端になることが増えると思います。それが故に、日本経済を支える内需の重要性も再び見直されることになるでしょう。

ここでの「新たなる内需」とは2つの方向性があります。

一つは、課題先進国といわれる日本の「現場」が抱える社会課題を、デジタル技術を駆使した新たなやり方で解決することで需要を生み出すことです。

例えば過疎化や高齢化に対応した医療システムが、データを駆使しながらIoTやAIの技術を活用して産業化していけば、そこに新たに需要が生まれ将来的にはグローバル展開も考えられます。また、「災害大国」として建造物の補修・改修、インフラ整備に関連した潜在需要も膨大で、見逃せない内需といえるでしょう。社会課題の解決には、開かれた競争やコラボレーションをさらに積極的に推進する現場エコシステムが重要な役割を果たすに間違いありません。

もう一つの新たなる内需は、「インバウンドのアウトバウンド化」という視点です。具体的には、訪日外国人によるインバウンド需要をきっかけに広がるその後のアウトバウンド展開です。国が掲げる2020年の訪日外国人旅行者数の目標は4000万人。この3年間におけるのべの累計でいえば、日本の人口と同規模に当たる規模になります。訪日時に日本の製品やサービスに親しんで自国に帰った人を内需の延長線での一つのマーケットと考えれば、そこに新たなる内需を見込むことができるはずです。

日本企業の強みが価値を持つ時代に

――いずれも興味深い指針で、日本企業が今後の戦略を立てる基礎になりそうです。

【松江】日本の良さを生かす戦略を考えるうえでぜひ意識したいことは、“二項対立で物事を考えない”ということです。今の時代、例えば「自由主義か保護主義か」といったように多くの事象が対立構造で語られがちです。しかし、実際の社会はそれほど単純ではありません。二項対立の思考に陥らず、ときに相矛盾するものを上手に取り込みながら道を切り開いていく。多様な考え方や技術を柔軟に受け入れ、その中から自分たちに必要なものを吟味して、巧みに融合して新しい価値を創造していく。そうした最適化する力は、これこそが日本企業の真骨頂です。今、世界中で、対立構造も含めて多様な考え方が存在します。それは不確実であるがゆえに、逆に日本が本来の強みを発揮して最適な座標軸を提示できるチャンスだと捉えることもできます。そうした気概をもって積極的に働きかけていくことが大事ではないでしょうか。

――最後にあらためて日本の経営者にメッセージをお願いします。

【松江】不確実な時代には「確実なる底力」がものをいいます。そして何より、底力の源泉は、現場エコシステムを支える“人材”にあることを心得ておくことです。長期的な視野に立って忠誠心(ロイヤリティー)が高い人に投資し続けていくこと、それこそ日本が競争力を持ち続けるうえで変わらぬ大切な原則です。

多くの日本企業や産業にとって、2019 年が「確実なる底力」を信じ、それを原動力に世界を切り拓く転換点にしていきたいものです。

(※)Deloitte Tohmatsu Institute(DTI)は、デロイト トーマツ グループに集う多様なプロフェッショナルの知見をグループ全体で共有し、より高いレベルのインサイトやソリューションを継続的に創出・発信していくためのプラットフォームです。