人との出会いの成果であり、人脈の証でもある名刺。企業はその価値を十分に生かしきれていないという調査結果が、10月9日、法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」などを提供するSansan株式会社によって発表された。
調査では、国勢調査や経済センサス活動調査、またSansanが同社サービスの利用状況に基づき推計した名刺の総流通量をもとに、名刺1枚あたりの価値を売上金額換算で約74万円と推計。さらにビジネスパーソン1人あたりの名刺交換枚数は年間平均105.9枚であるのに対し、41.3枚分の生産性しか発揮できていないとした。結果、約61%にあたる生産性が会社内において活用されずに眠っている「冬眠人脈」(※)によって失われ、日本の常用雇用100人以上規模の企業では平均で年間約120億円もの経済機会の損失が生じているとレポートしている。
こうした中、経営者は人脈が企業にもたらす価値についてどう考えるべきか。また、イノベーションの創発や組織の活性化にどのような視点から取り組むべきか。経営戦略論、組織論を専門とする埼玉大学大学院人文社会科学研究科の宇田川元一准教授に聞いた。

(※)会社内において個人のみが所有し、社内に共有されずに活用されていない人脈のこと。

人脈から何を生み出すかが、ますます問われる

――調査結果では、名刺情報の非共有・不活用が生み出す「冬眠人脈」が大きな機会損失につながることが示されました。人脈の価値は、近年、さらに高まっていると言えるでしょうか。

宇田川 元一(うだがわ・もとかず)
埼玉大学大学院人文社会科学研究科 准教授

1977年東京都生まれ。専門は経営戦略論、組織論。イノベーティブな組織をいかに実現するかについて、社会構成主義に基づき、語りに注目するナラティヴ・アプローチの観点から研究を展開している。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。各種メディアへの執筆や講演も多数。

【宇田川】私自身、仕事の集まりで知り合った方を介して、尊敬する研究者の方と出会い、それが人生を変えるような縁となったことがあります。そうした人とのつながりが大きくプラスに働いた経験を何度もしています。

ただ、人脈の重要性自体は、昔と今とでそう変わるものではないとも思っています。ウェブ上のツールなどの登場により、面識のない方のことを知り、コンタクトも取りやすくなりました。だからこそ、人脈をいかに活用するか、また出会った相手といかに有意義な関係を築き、そこで何を生み出していくのかが重要になっていると感じます。

――情報共有の重要性についてはどのようにお考えですか。

【宇田川】ここ数年、「デジタルトランスフォーメーション」という言葉がよく聞かれるようになりました。私は、デジタル革命の本質は「民主化」にあると考えています。デジタル化によって情報共有が進み、あらゆる場面で情報の非対称性、つまり情報量の差が小さくなって、非対称性から生じていた権力も小さくなっていく。こうした流れは90年代から始まっており、現在は「人と人のつながり」という情報も可視化され、共有されるようになりました。こうしたデジタル革命がもたらす状況をうまく生かすことができれば、さらに新たなイノベーションを生み出す力になり得ると思っています。

対話を通じた「適応課題」の解決がイノベーションに

――イノベーションの創発を促すために、経営者はどのようなことに留意すべきでしょうか。

【宇田川】イノベーションが生まれやすい関係性、という面から説明します。ハーバード大学でリーダーシップ研究を行うロナルド・ハイフェッツは、さまざまな問題を、「技術的問題(technical problem)」と「適応課題(adaptive challenge)」という二つに分けて説明しました。

「技術的問題」というのは「喉が渇いたら水を飲む」など、すでに答えがあり、その解を実践すれば解決できる問題です。一方、「適応課題」とは既存の方法では解消できず、ひとつひとつ、その問題ごとに取り組む人間が適応的に取り組まなければならない問題のことで、「変えようとすると痛みのある課題」とも表現できます。状況をよく観察し、得たデータを解釈して、行動するというサイクルを回しながら、適応課題を解決することによって、イノベーションが生まれてくると言ってもいいでしょう。そうしたことにしっかり取り組んでいけるような環境を整えることは、経営者の大事な役割の一つです。

――その際、経営者にはどんな意識が求められるでしょうか。

【宇田川】例えば適応課題に共に挑める仲間をつくりやすい環境を整備しようと思えば、少し理念的になりますが、そこでは「新しい物語を紡ぎ、その物語の登場人物になってもらう」ということが大切になるでしょう。

日本では90年代初頭にバブルが崩壊し、その数年後に始まったIT革命がビジネスを大きく変革。さらにリーマンショックが続くという状況のなかで、多くの企業人が自信を失いました。そこで経営者に求められるのが、「新しい物語」を紡ぎ出し、守るべきものを守りながら取り入れるべきものは取り入れて、周囲を巻き込んでいくことです。

イノベーションの創出においても、同じ物語を共有できている人がどれだけいるかがポイントになります。現場で新しいアイデアが生まれても、その意義が上層部に上手く伝わらずに芽が出ないという例は多く、もちろんその逆も少なくない。互いに相手の立場をよく理解し、対話を通じて「自分の正しさ」を「我々の正しさ」に変え、連帯の輪を広げていけるかが重要でしょう。

――近年、業務のタコツボ化が進み、社員一人一人が孤立しているという問題が多くの経
営者を悩ませています。

【宇田川】そうした現象は、日本企業の特質に起因するものというよりは、既存の役割分担が日本企業の“勝ちパターン”として運用され、固定化されている結果だと思います。そのおかげで仕事が効率的に進められてもいました。

しかし現在、おっしゃるとおり弊害も生まれてきています。「冬眠人脈」の問題もその一つ。社内で共有すべき情報を個人が抱え込んでしまうことによって、大きな機会損失が発生しかねません。対応する新しい方法論や仕組みを適応的に検討する必要があるでしょう。

プラスになると思うものはまず導入してみればいい

――変化の激しい時代に機能する組織のあり方とはどのようなものでしょうか?

【宇田川】当然ながら組織のあり方にはさまざまな形があり、どれが絶対的に優れているというものではありません。ただ、いい状態にある組織というのは、階層をあまり感じさせない状態にあります。仮に組織上は明確な階層があったとしても、それが前面には出てこない。そうしたところは「物語の共有」がなされているので組織の壁に阻まれず、必要なテクノロジーの導入も早いでしょう。

――新しいテクノロジーの活用についてはどう考えるべきでしょうか。

【宇田川】今の時代、新しいツールがどんどん登場しますから、自社にとってプラスになると感じたものは導入してみて、合わなければやめればいい。そうしたスタンスが求められるように思います。冬眠人脈の話について言えば、名刺データの共有についても、まずはやってみればいいと感じますね。そして単なる名刺管理にとどまらず、名刺のデータを生かすことによって、人と人との出会いや組織の活性化につなげていく。

ただ、実際には、世にあまたある優れたツールでも導入がなかなか進まないことも多くあります。現場で蓄積された知識をきちんと共有するというのが重要だと言われ、その手段もあるのに対応が進まないはやはり原因が存在する。背景には、存在を知らない、使い方が分からないといった理由のほかに、導入で自分の権威や既得権益が侵されるのではないかといった、新しいものを取り入れることへの恐れという適応課題があるように思います。

いい状態の組織は現実に向き合っていて、自社に必要なものを話し合える環境がありますから、ツールの性質とメリットをしっかり判断できますし、新しいものを導入することへの恐れも少ない。新しいツールの活用度合いは、企業のイノベーティブ度を測るリトマス試験紙のような面もあると言えるでしょう。人間には、行動を変えれば意識も変わる、という部分がある。ツールでも制度でも、有用と思ったら一度取り入れてみると何らかの発見があると思います。

――最後に経営者に向けてメッセージをお願いします。

【宇田川】経営者の方は、日々、厳しい状況で懸命の舵取りをされています。ただ、その苦労は必ずしも現場に理解されているわけではない。立場が違えば見える世界も違うので仕方ない面もありますが、ご自身が抱えている課題や悩みは、現場とも共有した方がいいと私は考えています。すると、無責任ではない現場が生まれてくる。「経営者は弱音を吐くべきではない」などと考える必要はないと思いますね。

前例のない問いへの答えが求められる時代に、経営者の方には、「対話するリーダー」であってほしいと思います。相手をよく理解して、自らを変える必要があれば改め、相手の理解を得やすいように自身の状況も共有していく。そうすれば相手との関係性も深まり、社内によい変化が生まれていくと思います。新しい制度やツールも上手に使い、社内全体で対話しながら、イノベーションを生み出せるような環境づくりが進めていけるといいですね。

名刺管理で冬眠人脈を掘り起こし、貴重な資産に。
社内に眠らせた“冬眠人脈”とは?

「Sansan」は、社内にあるすべての名刺のデータ集約と多彩な機能で、名刺を“価値ある資産”に変える法人向けクラウド名刺管理サービスだ。その背景には「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」というミッションがある。受け取った名刺をスキャンするだけで、簡単・正確に名刺をデータ化。「Sansan」は、冬眠人脈を企業の貴重な資産に変える有効なツールといえる。

(1)営業のチャンスが拡がる
名刺情報を部門を越えて共有することによって、属人的だった人脈が企業の資産に。「誰と誰がいつ出会ったのか」という接点情報も確認することができるため、相手に質の高いアプローチをすることが可能だ。

(2)社員の生産性があがる
顧客情報のもとになる名刺の情報をデータ化することで、それをPCやスマホで誰もがいつでも確認できるようになる。またデータは、CRMやSFA、マーケティングにも活用できるため、業務の効率化に大きく貢献する。

(3)組織のコミュニケーションが進化する
「Sansan」を使えば、例えばある企業と接点が多い社員を簡単に見つけることも可能。それをもとに社内で相談を持ちかけたり、協力を仰いだりできる。一歩進んだコミュニケーションが組織の働き方を進化させる。