ダイバーシティ経営の重要性が叫ばれ、政府も成長戦略として女性活躍を主導する現在、優秀な人材を広く受け入れるべく、時間や場所にとらわれない新たな働き方を模索する企業も増えている。
そうした中、4月17日にテクノロジーを生かした新たな働き方・学び方を考えるイベント「Empowered Woman JAPAN 2018」(実施概要を本稿末尾で紹介)が開催された。会場となった東京・虎ノ門の霞山会館には、自分らしいキャリア形成を模索する女性、人材活用のヒントを探る企業担当者、政府・自治体の関係者などが参集。「いつでも どこでも 誰でも、働き、学べる世の中へ。」をコンセプトに、83歳の女性ITエバンジェリストの体験紹介、経済産業省と就労支援を行うNPOの代表によるディスカッション、テレワーク体験プログラムの実践例から学びを共有するディスカッション、『LIFE SHIFT』の著者であるリンダ・グラットン氏による講演などが行われた。

テクノロジーが「仕事」と「学び」の選択肢を広げる

イベントは実行委員長を務める東北芸術工科大学教授・松村茂氏の挨拶でスタート。「働き方改革とICTの発展のもとで、さらに多くの人の社会参画を可能にするテレワークへの関心が高まっています。本日はより自由に働き、学び、自己実現ができる環境づくりについて考えてみたいと思います」と主旨が語られた。

松村茂氏(Empowered Woman JAPAN 実行委員会 委員長、日本テレワーク学会 会長、東北芸術工科大学デザイン工学部企画構想学科教授 工学博士)

第1のセッション「いつでも・どこでも、働き・学び、毎日を楽しむ人生」では、80歳でオンライン教育によりプログラミングを学び、スマホアプリの開発などで活躍する83歳の若宮正子氏が登壇。ファシリテーターを務める中村寛子氏との対談形式で自身の体験をシェアした。オンラインの高齢者コミュニティの副会長も務める若宮氏は「高齢者にとって居ながらにして社会とつながれるICTは重要なツール。コンピュータがあってこそ今の自分がある」と発言。新たなことへ積極的に挑戦する姿勢が意義あるキャリアにつながることを身をもって示した。

【左から】若宮正子氏(ITエバンジェリスト)と中村寛子氏

続く第2セッションでは、「テクノロジーが創出する新たな学びと『働く』の価値」と題し、経済産業省の伊藤禎則氏と、若者の就労支援を行うNPO法人育て上げネットの理事長を務める工藤啓氏がディスカッション。伊藤氏が「働き方改革では時短が注目を集めがちだが、本質は“働き方の選択肢を増やす”ことにある。その選択肢を広げるのがテクノロジー」と語ると、工藤氏は「今は就労支援でもネットを利用しながら、学んだり、収入を得る道を探る方法を取り入れている」と続けた。さらに工藤氏が「就労者は“雇ってもらう”のではなく、自分の生き方や働き方を見直し、自分に合う企業を探すという視点が大切。企業側も今後はその環境づくりが求められる」と述べると、伊藤氏は「ITでできること=canが増えた現在、自分のやりたいこと=willを大切にしながら、すべきこと=mustを追求する姿勢が大切」と続けた。

【左から】伊藤禎則氏(経済産業省 産業人材政策室 参事官)、工藤啓氏(認定NPO法人育て上げネット 理事長)、中村寛子氏

“働く場所がない”個人と“人材が見つからない”企業の問題解決をテレワークによって目指す検証プログラム

続いては「実践事例~いつでもどこでも誰でも、働き、学べる世の中へ~」として、全国4自治体(流山市、佐賀市、岡崎市、みなかみ町)で実施された「ウーマンテレワーク体験プログラム」の事例が紹介された。本プログラムは2週間の多様なスキル講座と1週間のテレワーク型インターンを組み合わせたもので、離れた場所にいる個人と企業を学び直しとテレワークによってつなげ、就労と人材獲得の「選択肢」を拡大し、地方創生の選択肢になり得るかを検証するものである。

まずプログラム提供元である日本マイクロソフトの宮崎翔太氏が講師が現地に赴くオンサイトと遠隔地からウェブ会議システムを用いて行うオンラインを組み合わせた研修とテレワーク型インターンシップからなるプログラムの狙いと概要を紹介し、シェアサテライトオフィスを運営し、研修講師も担当した新閃力代表取締役の尾崎えり子氏が女性と受入先企業に提供した研修内容を説明。続いてプログラム参加者の入谷真紀氏、受入先であるダンクソフト代表取締役の星野晃一郎氏、参加自治体の代表である流山市市長の井崎義治氏が登壇。尾崎氏の進行のもとディスカッションが開始された。

【左から】尾崎えり子氏(新閃力 代表取締役 シェアサテライトオフィスTrist代表)、入谷真紀氏(ウーマンテレワーク体験プログラム 参加者代表)、星野晃一郎氏(ダンクソフト 代表取締役)
【左から】井崎義治氏(流山市 市長)、宮崎翔太氏(日本マイクロソフト株式会社 政策渉外・法務本部 地方創生担当部長)

<抜粋>

【入谷】10年間の子育て期間を経て再就職を考えましたが、やりがいのある仕事を求めて自宅のある流山市から都内まで通うのは難しい。そんなときこのプログラムに出会いました。

【尾崎】テレワークインターン受け入れ先のダンクソフトさんはいかがですか。

【星野】優秀な人材を採用するには、1箇所に集まって働くという形態にこだわる必要はないと考えています。利用システムのセキュリティの高さもポイントになりました。

【井崎】当市は、「母になるなら流山、父になるなら流山」というメッセージを打ち出し、子育てしやすい街づくりを進め、千葉県内で過去5年間人口増加率が1位になりました。一方でベッドタウンとして雇用が少ないという課題もあり、今後はテレワークなどの手段を組み合わせながら「流山で子育てしながら主体的に働ける」という市民の潜在ニーズにも応えていく必要性を感じていました。

【宮崎】働く意思がありながら「通勤圏内」に仕事がないから働けないという方が全国に多数いる一方で、企業の人手不足という深刻な課題も存在します。テレワークはこのギャップを埋める一つの手段だと思っています。野村総研の調査で暮らしやすさ1位に輝いた佐賀市や、今回名乗りを上げていただいた岡崎市やみなかみ町など、地域ごとに誇れる魅力がある日本で、UIJターンなど地方への人の流れや定着を促進する可能性も検証していきたいと思います。

【尾崎】女性活躍の視点から見ると、家族のライフイベントにあわせて自身のキャリアを調整されている方はやはり多いですね。

【入谷】子供のことを第1に考えると遠距離通勤は不可能でしたが、やりがいを持って仕事をすることも諦めたくなかったので、本プログラムを通して何ができるか探りたいと考えました。

【星野】機会をつかむには積極的にアプローチする姿勢も必要です。人材獲得の武器になるというテレワークの利点に気づいている地方企業も増えているので、今後はチャンスもさらに広がると思います。

【井崎】新しい取り組みを目の前にするとリスクをつい考えてしまいがちですが、当市では“やるリスク”のほかに“やらないリスク”も考えることが重要だと意識しています。

【尾崎】企業でも、個人でも、自治体でも、社会に先駆けて変化するのは不安が伴いますが、そのぶん得るものも大きくなります。

【宮崎】ダイバーシティは少数派だけの問題ではなく、企業の管理職や男性などの多数派、さらに日本全体の問題でもあります。このプロジェクトはまだ始まったばかりで、今後もより多くの企業や自治体、教育機関、参加者等の協力を得て、内容を進化させながら、この取り組みを全国に広げていきたいと考えています。

人生100年、AI時代における新たな働き方

そしてイベントは最終セッションに突入。世界的ベストセラー『LIFE SHIFT』の著者であるロンドン・ビジネススクール教授、リンダ・グラットン氏による講演「Empowered Woman」が行われた。

リンダ・グラットン氏(ロンドン・ビジネススクール教授)

<要約>

AIの進化により、私たちは今までとは異なる形で働く機会を得ました。定型作業はコンピュータに任せ、ソーシャルスキルや想像力、批判的思考力などを生かしながら、よりクリエイティブで、人間的な働き方をすることが可能になったのです。

人生100年時代を迎え、教育→労働→引退という3ステージに分かれた従来型の人生プランも変化しました。就労後の学び直しが必要な環境にもなっており、組織で働く期間、学びの期間、フリーランスとして働く期間などが入り交じるマルチステージの人生が始まります。

その中では、関係者全員が新しく柔軟な働き方に慣れ、生涯学習を支える環境もつくる必要があります。経営トップや政府が変化を率先することも重要でしょう。

女性と高齢者雇用の推進、フリーランサーの増加、小規模企業の立ち上げなどを通してダイバーシティが推進されれば、企業の創造性も上がり、社会の活力も増します。そのためにも一人一人が人間ならではの想像力を生かし、より長く、生産的に働けるような社会を目指してほしいと思います。

講演後には、実行委員会の事務局である日本マイクロソフトの平野拓也社長が、「本イベントは『地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする』を掲げる当社のミッションと一致するものでした」と運営を担った理由を説明した。

続いて総務大臣・女性活躍担当大臣の野田聖子氏も登場し、「我が国の活力維持に欠かせない女性活躍の鍵となるのが、時間や場所にとらわれない働き方を実現するテレワークです。私自身、育児と仕事の両立でその恩恵を受けました。いまこそ経営トップの理解を得て、女性の力を最大限に発揮できる環境をつくるチャンスだと考えています」という挨拶で全体を締めくくった。

平野拓也氏(日本マイクロソフト株式会社 代表取締役 社長)
野田 聖子氏(総務大臣・女性活躍担当・内閣府特命担当大臣)

本イベントのタイトルにもある“Empowered”は、力や権威を与えられるという意味をもち、「自信を持って権威を主張し、人生をコントロールしていく」という含意もある。「Empowered Woman JAPAN」では今後もそのための環境づくりを推進していく予定だ。

「Empowered Woman JAPAN 2018」について

2018年4月17日に東京・虎ノ門の霞山会館で開催。Empowered Woman JAPAN 2018 実行委員会の主催(事務局:日本マイクロソフト株式会社)により、総務省、経済産業省、厚生労働省、文部科学省と4自治体(千葉県流山市、佐賀県佐賀市、愛知県岡崎市、群馬県みなかみ町)、一般社団法人 日本テレワーク協会の後援、パナソニック株式会社、株式会社東芝の協賛を得て実施された。