日本の中小企業は、働き手不足や残業時間上限規制の導入など、労働者を巡る環境の大きな変化に翻弄されている。海外企業との競争激化、人工知能の業務への適用による大きな事業環境の変化など、激しい動きはこれからも続く。かつてない経営環境変化に対し、日本の企業経営者はどのように行動すればよいのだろうか。「世界は総アーティスト化社会に向かう」と話す、獨協大学教授で労働経済に詳しい経済アナリストの森永卓郎氏に、企業経営における指針を聞いた。

第4の産業革命を乗り越えるヒントはイタリアに

――人工知能の急速な進歩によって人間の仕事の半分が置き換えられ職を失う、という英オックスフォード大学の研究が注目を集めましたが、企業はどのように考えていくべきでしょうか。

経済アナリスト、獨協大学経済学部経済学科教授
森永卓郎
東京大学経済学部卒業後、日本専売公社、日本経済研究センター、経済企画庁、三和総合研究所(名称はすべて当時)などを経て、現在は獨協大学教授。専門分野はマクロ経済学、計量経済学、労働経済、経済政策。多くのテレビ/ラジオ番組にコメンテーターやパーソナリティとして出演。経済問題について分かりやすく発信している。

【森永氏】第4の産業革命と言われるのが、人工知能とロボットです。これは悲観することではなく、人間でしかできない仕事を人間がやり、定型業務は機械に任せるという時代になるということです。なにかすごいことをやらなければならないと思うかもしれませんが、実は何十年も前からイタリアがやってきたことです。

イタリアのアパレルメーカーを例に取ると、経理や事務処理などはコンピュータにやらせ、倉庫も自動倉庫を導入しています。そして、感性に関わるデザインや染色、縫製などは人間がやっています。製品の検査工程には体格の違う男女がいて、その人たちが服を着て着心地がよくシルエットがきれいなら合格、という検査をしています。これは機械ではなかなかできません。

淡々と人数をかけてやるような仕事は人工知能とロボットに置き換わり、人間の仕事はクリエイティビティや感性が求められるものに一気にシフトします。これに対応できない会社は市場から退出するしかありません。それは楽しいといえば楽しいが、苦しいといえば苦しい。しかし、そう変わっていかざるを得ない転換期に我々は立っているのです。

――イタリアの労働者はしっかり休み、日本と同じ収入を得る

【森永氏】かつてヨーロッパの最貧国だったイタリアは、いまでは1人あたりの所得で日本と肩を並べるところまで来ました。ただその働き方は全然違います。日本のサラリーマンは残業や休日出勤をするし、有給休暇消化率は50%を切っていて、夏休みもせいぜい1週間。イタリアでは一般のサラリーマンは残業も休出もせず、有給休暇消化率は100%、夏休みは1カ月休みます。

コモディティと呼ばれるような商品は、途上国や機械などとの、無制限の価格競争に巻き込まれます。イタリアは、アートをビジネスの中心に据えることで、ずっと付加価値の高い商品を作っているのです。これからの会社の勝負は、いかに次々とアート度の高い商品を生み出すか、そんな商品を作り出せる人を雇えるかにかかっています。

報酬は「仕事そのもの」や「仕事をやる自由」で支払え

――そうした高い感性をもった人材に会社で働いてもらうにはなにが必要でしょうか。

【森永氏】報酬は「お金」ともう1つ、「仕事そのもの」あるいは「仕事をやる自由」です。私が、1991年に三和総合研究所に中途採用で入社したとき、社長の松本和男氏は「日本一のシンクタンクにする」と言っていましたが、ノウハウは持っていない素人でした。しかし「自由と自己責任」を基本理念として、社員に「研究したいという夢を追いかけてうちに来たんだろうから夢を追いかけろ。ただ、資本を食いつぶしたら会社がなくなる。だから夢と現実を両立させろ」とだけ伝え、現場には口を出しませんでした。みんな必死にさまざまな分野を開拓していき、30年で完全に日本一になりました。

会社の経営層には、口を出したくなるところを我慢して思い切って現場に任せるという、懐の深さ、度量の大きさが必要です。それは会社の命運を決めるひとつの要因だと思います。経営者にしてみればすごく怖いことですが、自由にできることが、クリエイティビティや高い感性を持つ人材には一番の報酬でしょう。

ITの活用で働き方は変えられる

――イタリアの働き方は、クオリティ・オブ・ライフという観点からも高く評価できると思います。日本がこうした働き方に変えるには何がポイントになるでしょうか。

(IT環境の急激な変化で)働き方そのものもたぶん劇的に変わっていきます。極端に言えば、会社という箱が電脳空間にあって、そこにクリエイターがぶら下がっているのが最後のゴールかもしれない。そうなるとITを使えない人は置いていかれるというか、ひどい目に遭うと思います。

【森永氏】ITの活用が鍵になると思います。この間、テレワークについて調べていて非常に驚くことがありました。通信回線で会社と自宅を結んでサテライトオフィスみたいに仕事をする“在宅型テレワーク”がここ数年でドンと減って、“モバイル型テレワーク”が劇的に増えているんです。ITインフラの充実やさまざまなハードウェアの普及によって、どこでも働ける環境になってきているんです。

私は電車に乗っているとき、立っていればスマートフォンを見ていますが、座れたらすぐにノートパソコンを開いて書く作業をします。本を読むのは電波が通じないときです。その状況にできる一番効率的な働き方は何かを考えて、そのときに合うIT機器を使うようにしています。

働いた時間でではなく、成果で評価されるようになれば意識がガラッと変わるでしょう。空き時間を活用してさっさと仕事を終わらせ、遊ぶ時間を増やすように社会が変わっていくんじゃないでしょうか。イタリア人はまさにそうで、時間は短いですが非常に効率的に働きます。そうしなくては1カ月の夏休みなんか取れません。

――モバイル型テレワークは、先ほどの「仕事をやる自由」にもつながるかと思いますが、日本では大企業でさえ6割がノートパソコンの社外持ち出しを禁止ししています。

【森永氏】私はノートパソコンの持ち出しどころか、会社での私用メールも全部解禁すべきと思っています。知的創造社会になっていくと私用か社用かの区別は難しいんですよ。それに経営者はITのための費用を特別なコストと見なしがちですが、文房具代のようなものです。ITを入れたからといって、それがビジネスのネタになるわけじゃないけれども、ITは必要条件であって、なかったらそもそもビジネスになりません。コンピュータでできることはコンピュータでやった方が人件費より安い。IT活用をためらっているようではビジネスが持ちません。

思い切って現場に権限委譲を

――これからは、会社という組織のありようもいまとは違ったものになるかと思います。現に経営をしている方は、どのような指針を持つべきでしょうか。

【森永氏】一言で言えば、権限委譲を進めることです。主力製品が変わり、CEOも交代しているのにずっと繁栄している企業の研究で得られた知見が書かれた『ビジョナリーカンパニー』によれば、そうした企業は、CEOが先見性を持って強いリーダーシップで会社を引っ張っていくのではなく、現場に思い切った権限委譲をしていました。経営者は、理念は語るが具体的な指示はせず、現場は理念で集まっていて、具体的な仕事は全部現場が決めて勝手に行動していたのです。

私もいろんな企業を見てきましたが、本当にうまくいっている会社では、経営者は従業員が働きやすい仕組みを作りますが、「これをやれ」などとは絶対言わない。偉大な経営者が引っ張る会社では、下は上ばかりを見るようになって次が育たず、時代の変化で経営者がつまずくと一気に崩れていってしまうんです。会社に行ったとき、従業員が大きな声で平気で経営陣の悪口を言っている会社なんかはけっこういいんですよ。社員全員が経営意識を持ち、現場ではそれぞれが責任を持って自由に仕事をするという形が、これからの働き方になっていくんじゃないでしょうか。

【事例】いち早く女性活用に取り組んだ企業が採用した解決策とは

他社はどのように取り組んでいるのか、気になる読者の方も多くいらっしゃるでしょう。北陸エリアを中心に業務を展開している「北陸銀行」は、最新のインテル(R) Core(TM) M7 プロセッサ搭載「HP Elite x2」を採用し、女性活用のための施策を実践しています。 女性活用し、社員のQoL(Quality of life:クオリティーオブライフ)を高めた北陸銀行の取り組みとは。

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