バランスのよい食事を取り、しっかり眠り、適度に体を動かす──。規則正しい生活は健康管理の基本に違いないが、実践は難しい。まずは日本人の現状を知り、やるべきことを考えてみたい。

どんな食べ物からカロリーを得ているか?

誰もが持っている生活習慣に関する悩み。改善するには、客観的な事実を知り、自分の立ち位置を把握することも大切だ。

まず食事について。ラーメンやカレーで手早く昼食を済ませる、居酒屋で好きなものだけ食べてストレスを解消する──。こんな食生活のビジネスパーソンが大勢を占めている様子が、厚生労働省の「平成27年 国民健康・栄養調査」からは浮かび上がってくる。この調査では、「主食・主菜・副菜を組み合わせた食事を1日に2回以上食べているか」について調べている。それによれば、「ほとんど毎日」という人は男性だと半分以下。具体的には男性が47.6%、女性が52.7%だ。特に20代、30代、40代の男性は数字が低く、いずれも40%を割っている。

特に上手に取れないのは、野菜類、海藻類、きのこ類を主材料にした「副菜」だ。男女ともおよそ75%が、「主食・主菜・副菜のうち、組み合わせて食べられないもの」として副菜をあげている。結果として、摂取している栄養に過不足が生じることになる。よく指摘されるのは、ビタミン類やカルシウムなどの不足。カロリーは十分足りているのに栄養失調になる「新型栄養失調」も増えているとされる。

そもそも日本人は、どんな食べ物からカロリーを得ているのか。供給カロリーの構成比は、戦後大きく変化している。1960年度と2013年度を比べると、顕著に伸びているのが「畜産物」と「油脂類」の二つだ。それぞれ4%から16%に、5%から14%に割合を高めている。一方で小麦や魚介類などの割合はあまり変わらない。実は米の割合が48%から23%に激減しており、これを肉や卵、油脂などで補っている格好だ。

脂肪エネルギーの増加は、動脈硬化性心疾患の発症率や乳がん、大腸がんによる死亡率の増加と関係しており見過ごせない。

知っておくべきキーワード(1)

●カロリー構成比の変化●

図のとおり、日本における供給カロリーの構成比は大きく変化。畜産物と油脂類で30%を占めるようになっている。


参考:農林水産省「食料需給表」

はっきりと減少している日本人の睡眠時間

続いて、ビジネスパーソンの悩みにあがりやすい睡眠についてはどうか。深く、ぐっすり眠りたいと思っても、ストレスの多い仕事環境がそれを許さないという人は多いのではないか。同じ「国民健康・栄養調査」は、「1日の平均睡眠時間が6時間未満の人の割合が有意に増加している」と指摘する。

具体的には、5時間未満の人が8.4%、5時間以上6時間未満の人が31.1%で合計39.5%になる。これは、6年前の調査と比べて10ポイント以上の増加である。やはり働き盛りの世代の睡眠不足が顕著で、40代で見てみると、6時間未満の人が女性で44.0%、男性では49.0%にも上っている状況だ。

睡眠不足による健康への影響についてはさまざまな研究が行われている。例えば、脳内ホルモンの分泌の低下。衝動的で何事にも過敏になる、いらいらする、やる気が出ない、集中できない、不安を感じやすくなる……。これらの精神状態は、セロトニンなどの脳内ホルモンの不足によっても引き起こされるといわれており、ビジネスパーソンにとっても深刻だ。

さらに近年は、睡眠不足が認知症の原因になっているとの研究発表もある。本来なら寝ている間に排出される脳の中の老廃物が蓄積してしまい、アルツハイマー型認知症を引き起こす可能性があるというのだ。

睡眠不足や睡眠障害の改善を求める人は多いに違いないが、自助努力だけでなかなか解決できないのが悩ましいところだ。再び「国民健康・栄養調査」に戻れば、「睡眠の確保の妨げになっていること」として「仕事」をあげる人の割合は非常に高い。特に30代、40代の男性では、およそ40%を占め、断トツの第1位だ。日本人の睡眠時間の減少は、単に個人のライフスタイルの話ではない。

知っておくべきキーワード(2)

●ウェルビーイング●(Well-being)

健康経営における大事な視点でもある「ウェルビーイング(Well-being)」。WHO(世界保健機構)における健康の定義でも、この言葉が使われている。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. 


健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。[日本WHO協会訳]

健康経営オフィスはこうしてつくる

従業員の健康管理は個人だけの問題でなく、企業が取り組むべき経営テーマ。まさにそうした観点から、近年ヘルスマネジメントの分野で重視されてきているのが、ご存じ“健康経営”だ。

欧米の先進企業では、かねてより「ウェルビーイング(Well-being)」をキーワードにオフィスやワークスタイルの変革が進められてきた。ウェルビーイングは「幸福」「福祉」「健康」などと訳されるが、平たく言えば「より良く生きる」ということ。職場もそれを実現する場所の一つととらえ、人材を生かし、組織を活性化していこうというわけである。それが日本の大手企業やベンチャー企業にも注目され、徐々に浸透し始めている。

一方で健康経営については、国もその後押しに積極的だ。例えば経済産業省は、健康経営に貢献する職場環境をまとめた「健康経営オフィスレポート」を公表した。背景にあるのは、生産年齢人口が1995年をピークに減少するなか、国民医療費がすでに40兆円を突破し、増加し続けているという日本の現状だ。従業員の健康づくりは、企業の存続と成長のための投資──というわけである。

このレポートでは、オフィス環境において健康を保持・増進する行動として次の七つをあげている。「快適性を感じる」「コミュニケーションする」「休憩・気分転換する」「体を動かす」「適切な食行動をとる」「清潔にする」「健康意識を高める」。そして、これらを誘発するオフィスが、プレゼンティーズム(健康問題による出勤時の生産性低下)やアブセンティーズム(健康問題による欠勤)の解消に結び付くとしている。生産性や効率性の追求ばかりでなく、ウェルビーイングの大切さが示されているといえるだろう。

知っておくべきキーワード(3)

●アブセンティーズムとプレゼンティーズム●

アブセンティーズムは「欠勤」を意味する言葉。近年、これに加えてプレゼンティーズムへの対策の重要性が指摘されている。プレゼンティーズムは「欠勤はしていないが健康上の理由で業務生産性が落ちている状態」のことを指す。アブセンティーズムよりも業務に与える影響は大きいといわれる。

国も仕組みをつくって健康経営を評価

健康経営の関連では、東京証券取引所と経済産業省が共同で進めている「健康経営銘柄」の選定も、企業のマネジメント層には注目の動きだろう。東京証券取引所の上場会社の中から、従業員等の健康管理を経営的な視点で考えて戦略的に実践している企業を、業種区分ごとに選んで紹介するこの取り組みは、2015年にスタートしている。選定各社の具体的な取り組みもウェブサイトなどで発信されており、自社の姿勢を社会に伝える手段としても有効だ。

人材採用の市場において、社内制度や福利厚生の充実度はすでに求職者が重視するポイントとなっている。健康に関する取り組みも、もちろんその一つだ。

従業員の健康がパフォーマンスの向上につながり、企業の競争力が高まれば、言うまでもなくそれは、双方にとって望ましい。“健康”で競合他社と差別化を──。個人にも企業にも、そんな発想が求められている。

知っておくべきキーワード(4)

●健康経営銘柄●

長期的な視点から企業価値の向上を重視する投資家に魅力ある法人として紹介し、法人による「健康経営」を促進する目的で、経済産業省と東京証券取引所が共同で取り組みを開始。2015年に初めて22社が公表され、現在も継続している。評価の柱は、図のとおり。また2016年度には、上場企業に限らず「健康経営優良法人(ホワイト500)」として認定する制度がスタートしている(経済産業省と日本健康会議の共同)。