英国のEU離脱選択や米大統領選などで、世界経済は不安定要素を抱えることになった。世界経済と個人の資産運用はどう変わるのか。英国発オンライン個人向け金売買サービスを提供するブリオンジャパンの平井政光CEOと、経済学者の岸博幸氏が語り合った。

世界経済が直面する二つのリスク

世界のポピュリズム化で市場は乱高下する
岸 博幸(きし・ひろゆき)
慶應義塾大学大学院教授。一橋大学卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。コロンビア大学経営大学院でMBA取得。資源エネルギー庁などを経て、第1次小泉内閣で経済財政政策担当大臣だった竹中平蔵氏の大臣補佐官に就任。各種メディアで地域再生をはじめ、政治経済について提言する。

【平井】ドナルド・トランプ氏が米国の新大統領に決まり、世界経済は一段と予測が難しくなっていますが、岸先生は2017年をどう予測していますか。

【岸】明確なリスクが二つあると考えています。一つはトランプノミクスの危うさです。選挙前は酷評を受けていたトランプ氏ですが、いざ新大統領に決まると「まともかもしれない」と世論は一変。公共投資や大型減税など景気刺激策への期待感から、にわかに株式市場は盛り上がりを見せています。

【平井】その期待感は金市場からも読み取れます。トランプ氏の勝利によっていったんは投資家がリスクを認識したのか金価格は上昇しましたが、その後トランプ政策への期待から株式市場の上昇にともなって、金価格は落ち着いています。

【岸】価格が下がっているなら、むしろ今は金を買う好機かもしれませんね。というのも、トランプ氏の唱える政策の実現はそう簡単なものではなく、今後は経済や金融市場の混乱が予想されるからです。まず、トランプ氏の公約どおりの大規模の公共投資や減税は難しい可能性が高いです。連邦政府の債務の急増は与党の共和党も嫌なはずだし、金利も大幅に上昇しかねません。

【平井】さらにトランプ氏は保護主義も標榜しています。

【岸】保護主義は世界経済にとって明らかなマイナス要因ですし、本当にやったら米国に産業競争力の低下、物価上昇という形で跳ね返ってきます。ただ問題なのは、米国でトランプ次期大統領が誕生したのと同じように、世界各国が内向きな政治を歓迎し、ポピュリズム化(大衆迎合)していることです。これはまさに、世界経済が抱える二つ目のリスクです。英国のEU離脱を支持した人とトランプ氏を支持した人の多くが、支持の理由として経済環境の悪化よりも、移民が増えて自分の周りの環境が変わったことを嫌ったことを考えると、この傾向は今後世界中に広がる恐れがあります。

【平井】アンチ・グローバリズムの流れが鮮明になっているということですね。金融政策にはどう影響するのでしょうか。世界各国の通貨安政策には、出口戦略が必要です。現にEUでは量的緩和の縮小が浮上し、米国でも連邦公開市場委員会(FOMC)の利上げ観測が強まっています。

【岸】表向きは金融引き締めを図りながらも、水面下では各国ともに自国の貿易に有利になるよう誘導していくはずです。今後は水面下での通貨安政策の綱引きがさらに苛烈になると思います。

リスクヘッジの必要性を日本人はもっと意識すべき

オンラインの金現物取引で賢い資産防衛を
平井政光(ひらい・まさみつ)
Bullion Japan株式会社 CEO。北海道出身。法政大学卒業。金融商品企画コンサルティングに従事したのち、BSインベストメントアドバイザリー株式会社(マレーシア資本の投資助言会社)CEO兼日本株インデックスファンド運用責任者として勤務し、Bullion Japanマーケティング担当副社長を経て、現職。

【平井】通貨も経済も不透明な今こそ、資産運用・防衛手段として金の活用を検討すべきだと思っています。欧米では古くからリスクが大きい時期には、金の保有を増やして資産保全する文化が根差しています。

【岸】確かに、欧米では金をはじめとした現物投資は日本よりずっと身近ですね。これは国家への信頼感の違いでもあるでしょう。日本は終身雇用制度と手厚い社会保障によって守られてきたため、自ら備えようという発想が生まれてこなかった。ただこれからはそうも言っていられなくなっています。

【平井】日本で金取引しているのは比較的高齢で、資産をお持ちの富裕層の方が多いのが実態です。

【岸】本当は若い人こそ、多様な資産を運用し、金市場が成長してしかるべきなのですが……。今後の日本での社会保障費増大のリスクを考えれば、若い世代が備えていないのは憂慮すべき事態です。今は2020年の東京オリンピックに向けて盛り上がっていますが、問題はその先。2025年には団塊世代が75歳を超えると試算されており、財政再建の道筋を付けなければ、その先は悲惨です。財源の穴埋めに消費税率を10%に引き上げても到底足りないし、年金の削減も考えられます。国会では、野党が「年金のカットはけしからん」と言っていますが、現実には個人も国家も策を打たねばならないんです。

オンラインの金取引は爆発的に拡大する可能性も

【平井】国を頼りにするのではなく、当たり前のこととして、個人も資産運用を実践していくべきですね。それにはさまざまな資産運用のツールが身近にあり、ユーザーにそれを使いこなせるだけの金融リテラシーが必要だと思います。その第一歩とすべく、金のオンライン取引「ブリオンボールト・サービス」の日本展開を始めたんです。

【岸】金のオンライン取引とは新しい試みですね。いつごろ始めたのですか。

【平井】もともとは2005年に英国でスタートし、日本では2015年から正規独占媒介代理店としてサービスの提供を始めました。金地金現物のオンライン取引として、世界最大規模の約6万4000人が利用していますが、日本を含めたアジアのお客様の口座は10%ほどにしか過ぎません。どう広げていくかが課題です。

【岸】googleやfacebookなどのメジャープラットフォームも、最初から皆が利用していたわけではありません。ウェブのサービスは、小さな出来事で爆発的に普及する可能性を秘めています。「ブリオンボールト・サービス」も、投資家に活用されるのはこれからです。

【平井】これは金に限ったことではないのですが日本では消費がひと段落した後にようやく投資をするという傾向が強く、消費を優先する若い世代や中所得以下の層はあまり投資をしません。本来は消費と投資は両立させるべきなので、あまり投資をしない層にも利用される環境を整えていくことが目標です。

【岸】今はまず、ウェブで株式投資を実践する投資家が増えている段階です。ここで株の運用が浸透し、リスクヘッジとしての金取引にも目がいくようになれば、自然と流れが変わるはずです。

【平井】多様な資産を保有するという意識の浸透は重要です。弊社の提供するオンライン取引は特性上、取引の際の手数料が他社の7分の1程度に抑えられていることと、実際の取引はスイスで行われるため、日本の消費税がかからないのでより低いコストで金の取引ができるというメリットがあります。

【岸】資産運用を始めれば世界経済、そして政治への関心が深まります。そうすれば、自分たちで未来を変えていくこともできるはずです。

【平井】そうした意味でも、ぜひサービス拡大を図っていきたいと思います。本日はありがとうございました。