こうしたなかで、安倍の懐に深く入り込んでいったのが、今井尚哉(資源エネルギー庁次長)だった。かつて安倍政権で首相秘書官を務めた今井だが、民主党政権下では、政権の“影の総理”と言われた仙谷由人の懐刀となり、政権の目玉と言われた原発などのシステム輸出を取り仕切った経緯もある。また今井は、福島第一原発事故の対応では、資源エネルギー庁の内部をまとめあげるとともに、関西電力大飯原発の再稼働への道筋をつけた。

かつての旧経済団体連合会(現日本経済団体連合会)の会長を務めた今井敬(新日鉄社長)、元通産省(現経産省)事務次官・今井善衛といった2人の叔父を持つ官界のサラブレッドは、“人たらし”の才にも恵まれていた。そして、今回“たらし”込まれたのが安倍だった。新首相と太いパイプをつくった経産省は、そこに省を挙げての政策を流し込み始めたのだ。

「ここで失敗はできない。福島第一原発事故への対応だけでなく、経産省が担ってきた原子力政策への根本的な批判への対応に忙殺されるばかりで、前向きな政策を何も打ち出せないままだった」

この経産省幹部の言葉には、経産省が組織崩壊の直前まで追い込まれた危機感が滲んでいる。そして経産省復活の政策であり、安倍政権の目玉の1つとなる製造業再生プランをつくり上げたのは、経済産業政策局審議官・柳瀬唯夫である。

柳瀬は、東日本大震災で頓挫したが、日本の産業構造に根本的な構造変革を促そうとした「産業構造ビジョン」を、10年に手がけた。今回は技術を有するものの、世界的な「価格支配力」がないために疲弊している製造業、特に電機産業の再生を柱とした経済政策を練り上げた。その象徴の1つがシャープである。今回の提言では、電機産業に投資を促すために足枷となっている生産性の低い工場をリース会社にいったん売却し、そこからリースを受ける形にして、バランスシートから過剰投資分を落とす政策なども盛り込まれている。

その経産省と対照的なのが、民主党政権下でわが世の春を謳歌した財務省である。経産省の今井と同様に、かつて安倍の秘書官だった田中一穂主税局長を安倍の下に送り込んだが、安倍からはっきりと「来る必要はない」と撥ね付けられた。

田中は3度面会を申し込み、そのたびに断られたというのだから、事態は深刻だ。

さらに悩ましいのは、事務次官・真砂靖の右腕である官房長の香川俊介が体調不良から登庁できなくなっていることだ。

1度、政権を投げ出した十字架を背負う安倍に役所としての起死回生をかける経産省の目論みは、果たして日本経済を再生させることができるのだろうか。

(Bloomberg/Getty Images=写真)
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