「なぜ加害者側の損保会社に、“命”の期限を勝手に切られなければならないのか。果たしてこれが、無制限保険のやることなのか? 民事裁判を闘ってみて初めて、損保会社側の提示する賠償額がいかに低く抑えられているかという現実に驚きました」

そう語るのは、富山市に住む松尾幸郎さん(76歳)だ。

松尾さんの妻・巻子さん(当時62歳)が事故に遭ったのは、2006年7月のこと。車で帰宅途中、センターラインをオーバーした対向車に正面衝突され、頚髄損傷、脳挫傷などの重傷を負った。一命は取り留めたものの、事故以来話すことも食べることもできず、人工呼吸器をつけた状態で寝たきりのままだ。

加害者は対人無制限の任意保険に加入しており、自賠責保険の上限(4000万円)を超えた場合は、その保険から補償されるはずだった。

しかし、そこには大きな落とし穴があった。何と、損保会社は個室入院や人工呼吸器までもを“過剰”だと言い、さらに、脳外科医が書いた論文をもとに、「寝たきり者は長く生きられない。余命は4.4年である」と主張。将来の介護費用や逸失利益を大幅に減額すべきだと主張してきたのだ。

巻子さんは事故当時62歳。本来なら、女性の平均寿命(86歳)まであと24年ある。松尾さんは民事裁判で闘うしか術がなかった。

「あの裁判は本当にこたえました。加害者の一方的な過失で、妻を死ぬより辛い状況にさせておきながら、すべて否定、否定、なのですから」

しかし事故から3年4カ月後、裁判所は損保側の主張を却下。平均余命(24年)分の損害、約2億5000万円を認める判決を下した。もし、松尾さんが訴訟を起こしていなければ、億単位の理不尽な減額に甘んじていた可能性が大だ。

交通事故はその大半が「示談」で解決されているが、この事案のように、損保会社の提示額と裁判所の認定額の間に大きな格差が生じるケースは決して珍しくない。

交通事故弁護士全国ネットワークのWEBサイト(http://www.bengosi-net.jp/)には、損保の提示額を大きく上回った以下のような判例が、「大逆転事例」として多数紹介されている。

●0円→2億1900万円/被害者の100%過失を完全に逆転
●0円→5900万円/裁判所が事故後の自殺と事故の因果関係を認定
●1億2600万円→2億4300万円/裁判所が脳外傷被害者への常時介護と住宅改造費等を認定
●2200万円→1億400万円/「福祉費は賠償金の中に含めない」という判例を基に逆転
●600万円→1200万円/被害者の将来における収入増の可能性を裁判所が認定

こうしたケースを見ていくと、損保会社の提示額は、何を根拠に算出されているのかと疑いたくなる。

ちなみに、寝たきりの被害者については、平均余命までの介護費用等を認める判決がすでにあるため、裁判を起こしてしかるべき立証を行えば勝訴できるはずだ。

松尾さんは語る。

「事故から6年以上過ぎました。損保の主張した4.4年はすでに超え、妻は今も生きています。保険適用外の特殊なペースメーカーを埋め込まれているため、毎月の医療費は100万円を超えています。もしあのとき、損保の主張を受け入れていたら……そう思うと恐ろしくなります」

(横浜大輔=撮影)
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