日中につきまとう政治リスク、高騰する中国の労働賃金、絶えない強硬な労働争議。日本企業はとどまるべきか、退くべきか。中国ビジネスの真実の姿とは──。

悪いのは、中国か日本政府か、石原か

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大きなシェアを占める対中国ビジネス

【富坂】尖閣諸島の国有化を巡る中国の対応により、ビジネスを含め経済的にも日中関係が冷え込んでいます。経済界はどのように見ているのでしょう。

【熊谷】国有化、つまりナショナリゼーションという言葉自体が、誤解を与えた側面がある。中国の庶民には尖閣諸島を日本が実効支配していることすら知らない人が少なくない。今回の国有化の決定は日本が尖閣諸島に対する支配を一気に強化するかのような印象を与えた。東京都が所有して石原慎太郎知事(※雑誌掲載当時)が挑発的な行動をとれば、日本政府はもっと中国を刺激することになると考え、国有化に踏み切った。それが、12年9月のAPECで野田佳彦首相と胡錦濤国家主席の立ち話で、胡主席が国有化に反対する意向を表明した2日後のことで、中国はメンツを潰される形になった。

日中間の経済に影響が出始めている。ただ中国も内政問題があり、次期主席が確実で若干反日とも目される習近平サイドが胡主席に揺さぶりをかけたとの見方も根強い。当局としては反日で、体制に対する不満のガス抜きをしようとしていた節がある。

【宋】国有化が誤解されたのは事実だと思う。私は3カ月前に中国で、経済学者やマスコミ関係者、中国の退役軍人も参加するシンポジウムに出席した。国有化の話はなかったが、すごい勢いで7億、8億円と東京都に募金が集まり、石原さんが尖閣に上陸し、漁港もつくるといった時期だった。その席でマスコミの人が司会者に、国でもないところが所有した場合に、中国はどう対応するのかを聞いたら、退役軍人が党の意見を代弁する形で、日本の民間人が島に上がるならば、わが国には上がりたい人がもっといると語った。そのときに私はまずいと思った。都が買えば民間人が上陸する。一方で中国の民間人もいっぱい上陸しようとする。国が買わなければもっと問題は大きくなったと思う。ただ、中国を一方的に悪いとは言いたくない。中国はここまでやるべきではないと思うが、国有化は日本の国策でもなかったのに、石原さんの挑発に乗り、国有化せざるをえなくなった。

【富坂】日本には中国人が日本の状況を事細かに忖度してくれるだろうとの思いがあった。中国で暴れているのは、東京都が購入したらどうなるか、その経緯や事情を熱心に知ろうとする人たちではない。そんなことは彼らの脳には入らない。そこを読み違えた。中国のこれまでの対応を見ればわかるが、国有化というキーワードは非常に重い。これまでは「石原慎太郎という一部の右翼が何か言いました」、国会議員が尖閣に上がっても「一部の右翼がやりました」というように、日本の一部の人間が悪かったと説明することができた。ところが、最終的に日本の国が同じことをやったので、国内を封じ込めるための中国政府の論理が崩れてしまった。

【宋】日本でよく批判される、いわゆる「反日教育」ですが、私が幼い頃教えられたのは、日本人全部が悪いというのではなかった。日本国民も被害者であり、一握りの軍国主義者が日本人民を巻き込んで中国を侵略した。日本人民と軍国主義を分けて教えていた。日本の国に対して嫌悪感を与えるような教育はしていなかった。

熊谷亮丸氏

【熊谷】本当にそうでしょうか。天安門事件をもう一度起こさないために愛国心を強引に植えつけ、その1つの方法として反日を強く意識させていた部分がある。そして今回のデモも中国政府が反日感情を理由として日本に責任を押しつけていた。ただ状況が変わって国際社会でチャイナリスクに対する警戒感が強まってきたし、経済関係で必ずしも中国にとってメリットにならないことに気づいた。さらに、毛沢東の肖像画を掲げ、反日運動が反体制運動に転化する兆候が生じてきたことで、慌てて火消しに走ったのではないか。

【富坂】中国が愛国教育をやったのは、政治が弱まっている証拠だと思う。天安門事件のときと同様の危機感を持った。あの事件で愛国教育になるが、それは反日教育ではなく、中国共産党がいかに素晴らしいかを強調するものだった。

【宋】私は富坂さんの意見に賛成。毛沢東の時代は、あまり愛国教育をしなかった。共産主義ばかりを強調していた。

【富坂】熊谷さんのご専門だと思うが、その根源にあるのは、今、東アジア各国の政治が弱く、台湾、韓国、日本でも政治家が国民を幸せにしていない。政治が弱いので突然巻き起こった民衆の大声に外交が引っ張られてしまう。本来は政治が間に入って沈静化させるべきなのに、日中ともお互いのナショナリズムをボーンと正面衝突させてしまっている。

【熊谷】中国で腐敗や格差など、様々な問題が山積しているなかで、政権執行部の指導力が弱まっている。そのときに、国を統合するためのテコになるのは、結局、中国共産党のレゾン・デートル(存在意義)である、侵略者だった日本をやっつけることに行き着く部分がある。しかし、中国の国内問題のはけ口を日本に求めるのは、どう考えてもおかしい。

【富坂】中国人にとって、今、満足に食べられない、仕事がない、給料が上がらないことが極めて大きな問題だ。自分が生きていけないかもしれない恐怖心、社会への恨みなどのガスを溜めてしまっている。歴史的な過去の問題を引きずる両国が、そこに火種を投げると容易に火がつきやすいのは事実。

【宋】例えば、ここで木が燃えているとします。燃えている木が悪いと言ってしまえばそれまでだが、でも木に火をつければ燃えることがわからなかったのか、と私は日本人に問いたい。私は中国でも中国を厳しく批判しているが、日本だって内向きの議論しかしていないと思う。相手が悪い悪いと言うだけで、自分たちは納得している。どう解決するのか、誰も言わない。火をつけたあとの消火活動も含め、燃え尽きたあとの対処法を考えたうえで、覚悟を決めて火をつけるのなら、一向にかまわない。