静岡県知事として態度を一変させた川勝氏

ところが静岡県知事として、川勝氏は態度を一変させる。2020年に「中央公論」に寄せた文書にはこうある。

「関係資料を子細に読み、地元の意見を聴き、環境影響評価(アセスメント)の知事意見をまとめる過程で初めて『これは住民の命に関わる!』と、骨身にしみて“命の水”を強く認識しました」

政治家ならば、国が推進する「国策事業」に協力するために、妥協点を探ろうとするだろう。県民の利益を多少損なっても国益が勝ると考え、地元を説得する方を選ぶのが政治家だ。だが、全共闘世代の学者である川勝氏はどこに「正義」があるかを行動規範にする。何とかして工事を始めようとするJR東海や国と「正論」でわたりあう道を突き進むことになった。

もともと静岡県庁は「反JR東海」のムードが強いこともあった。静岡県内には東海道新幹線の駅が6つもあるが、「のぞみ」は一切止まらない。新幹線のトンネルの真上にある静岡空港のために新駅設置を求めたこともあるが、JR東海は聞く耳を持たなかった。川勝知事個人よりも県庁とJR東海の間に遺恨があったのだ。川勝知事はそんな県庁の空気を代弁していたとも言える。

富士山の裾野を通過する新幹線
写真=iStock.com/DoctorEgg
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そもそもリニアは工事自体が遅れている

今回、発言が問題になった当初、川勝知事は、新聞の具体名をあげて、発言が切り取って報じられたことが問題で、自身の発言に差別する意図はまったくないと否定した。これまでも繰り返し「失言」が大きく報じられてきたのも、自らを知事の座から引きずり降ろすための策謀だと感じていたのだろう。議会でも不信任決議が出され、一票差で否決されたものの、その後、知事を支持する会派から議員がひとり抜け、6月議会で仮に不信任決議案が出されれば、可決されることがほぼ確実視されていた。川勝知事は完全に追い詰められていた。

では、川勝知事の辞任で、リニアは完成に向けて進むのだろうか。辞任に当たって川勝知事は、JR東海が2027年としてきた開業時期を断念したことを「めどがついた」と語った。川勝知事の反対で遅れているように言っているが、そもそも工事自体が遅れている。JR東海のウソが明らかになったという意味だろう。その後、JR東海は、長野県内の工事について、工事完了が4年余り伸びるとの見通しを示したが、住民からは「元々の工期に無理があった」と反発や疑念の声が相次いだと報じられている。