社員の価値最大化を実現するキーエンスの報酬戦略

ここからは、「最小の資本と人で、最大の付加価値を上げる」ための、「報酬戦略」とはどのようなものか? その制度や仕組みについて具体的に見ていくことにします。優れた報酬戦略の考え方を学び、それをヒントにあなたの会社でも新たな報酬・評価制度を構築すれば、きっと「社員の価値最大化」を実現できるはずです。

本書で紹介する報酬戦略には、主要な柱となる次の3つの報酬・評価制度があります。

・全社業績連動型報酬
・クラス別評価制度
・相対評価

この3つ、全社業績連動型報酬×クラス別評価制度×相対評価という仕組みが歯車のようにかみ合って回転することで、どこよりも最大の付加価値を生み出し、高利益化、高給与化を実現していくのです。

まず「全社業績連動型報酬」から、その具体的内容を説明していくことにします。

キーエンスでは、営業利益の一定割合を、一定期間ごとに全社員へ給与として分配しています。たとえば営業利益が500億円出たら、その10%、つまり50億円を全社員へ分配するのです。これが全社業績連動型報酬の基本的な仕組みです。

※キーエンスの公開されている平均給与と業績から逆算するとおおよそ10%程度になるのではないかと想定しています。

日本円の記号が書かれた袋を手に持つビジネスマンと、机に置かれたたくさんの木の人形
写真=iStock.com/Andrii Yalanskyi
※写真はイメージです

インセンティブ制度は成功ノウハウがたまりにくい

この話をすると、よく「キーエンスさんでは、インセンティブ制度を導入しているんですね」と言われますが、これはインセンティブ制度ではありません。

インセンティブ制度というのは、個人の仕事の成果に対して報酬を与える制度です。保険会社やM&A会社などの業種で多く導入されており、たとえば「営業のAさんが1億円の利益を上げたとき、10%の1000万円をインセンティブとしてAさんに支給する」というものです。

全社業績連動型報酬の制度では、個人の業績ではなく、全社や部署・チームの業績が上がれば、それに連動して全体の給与(給与+賞与)も上がるというシステムなので、インセンティブ制度とは根本的に異なります。

また、個人が上げた利益をその人に分配するインセンティブは、社員のモチベーション向上には貢献しますが、逆に個人が自分が上げた成果のノウハウを隠してしまうため、会社に「利益向上のノウハウ」がたまらないという弊害があります。

多くの場合、利益を上げられたのは、個人の力によるものであって、ほかのメンバーのおかげでもなければ、組織に組み込まれた優れた仕組みによるものでもありません。また、自分一人が頑張って大きな利益を上げたとき、その成功のノウハウを、社内のほかの人にも教えるでしょうか? よほどいい人でなければそんなことはしないでしょう。

そのため、保険会社などインセンティブ制度を導入している会社では、月に1億円稼ぐ人もいれば、500万円も稼げない人もいるという状態になるのです。

もちろんインセンティブ制度が悪いというわけではありません。新たに会社を立ち上げて、「よし、一気に業績を伸ばしていこう」「会社側が細かい指示をしなくても、自分の頭で考えて頑張って欲しい」という状態のときに、この制度は有効です。しかし残念ながら、前述したように、組織に「成功のノウハウ」がたまりにくいのです。