繰り返すが、S席はspecial、特別席あるいは最良席が本来的な意味だ。観客もそれを期待して購入する。そのためSNSでは落胆や怒りの声が繰り返し投稿されている。

注釈付きS席を意訳すれば、「見えづらい特別席」あるいは「見えづらい最良席」となり、S席の意とは矛盾している。寿司店が「ネタが良くない特上寿司」と言って売っているようなものだ。見づらいならばA席やB席としてS席よりも安い料金で販売すべきだろう。

「嫌なら買うな」は舞台芸術を理解していない

反論も予想される。いやなら買わなければいいだろう、という意見だ。

その通りなのだが、前述したように映画と違って舞台は人気があると完売になりやすい。舞台は、同じ時間と同じ空間を、演じる者と観る者が共有してこそ成立する芸術だ。これだけネットが発達し、デジタル映像が簡単に見られるのにステージに足を運ぶ消費者が多いのは、生のコンサートや舞台芸術ならではの魅力があるからだ。

それゆえに、「ネタが良くない特上寿司」を注文する消費者などいないが、注釈付きS席を購入する消費者は存在してしまうのだろう。公演主催者側はしっかりと考えてほしい。これを誠実なビジネスといえるのだろうか。

また見づらいといっても限度がある。次に大騒ぎになったケースを紹介しよう。

炎上したユーミンの50周年記念ツアー

2023年5月13日、シンガーソングライターの松任谷由実が、デビュー50周年記念のアリーナツアー「The Journey」をぴあアリーナMM(横浜市西区)で開催した。公演後に注釈付きS席の観客などから声が上がった。

「ユーミンが見えない」「演出も全くわからない」「値段が同じなのは納得いかない」などという声がSNSに上がった。もちろん、反論もあった。「注釈付きなのだから文句を言うな」という声だ。

20日、松任谷氏のオフィシャルInstagramが反応した。「マネジャーK子」の名で、横浜公演の座席について苦情が殺到したことを説明し、謝罪した。

ツアーは全席指定9900円で、注釈付きS席は同額で販売された。「注釈付きS席は、お座席がステージや機材の位置により、ステージ全体および演出の一部が見えにくい場合がございます。予めご了承下さい」と事前に説明していたが、かなりひどい席であったようだ。

「マネジャーK子」は先述のInstagramで、「図面上で、これであれば大丈夫ではないかという判断のもと先日の席配置にしたのですが、やはり、実際現地で椅子を設置しないと分からないことも多数ありました。注釈席と謳って販売しておりますが、皆様にご心配、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」と不手際を謝罪した。