ほぼ100%の人の体内に潜伏している「ヒトヘルペスウイルス6」

生理的疲労では、「疲れた」という感覚、すなわち「疲労感」は、脳の中で生じます。体内で産生された「炎症性サイトカイン」という物質が脳に入って、脳に働きかけることで生じるのです。炎症性サイトカインとは、その名の通り、体内の末梢まっしょうの組織(臓器や筋肉)で「炎症」が生じたときに細胞から分泌される「サイトカイン」と呼ばれる小さな分子のタンパク質のことです。

ところで、じつは私は、大学ではウイルス学講座の教授をしています。専門はヘルペスウイルスです。一般的にヘルペスウイルスの仲間は、子供のころに感染して何らかの疾患を起こしたあと、宿主の一生涯にわたり、その体内に潜みつづけます。この状態を「潜伏感染」といいます。潜伏感染しているヘルペスウイルスは、疲労など、何らかの刺激を受けると、再び増えはじめます。これを「再活性化」と呼びます。

われわれ(*著者の研究室)はヒトに感染するヘルペスウイルスの中で「ヒトヘルペスウイルス6」(以下は「HHV-6」と表記します)に注目しました。HHV-6は、ほぼすべての赤ちゃんに親や兄弟から感染し、突発性発疹を起こしたあと、ほぼ100%の人の体内で一生涯、潜伏感染を続けます。

聴診器を持つ赤ちゃん
写真=iStock.com/Casanowe
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「残業がしばらく続いた」程度の疲労で再活性化

われわれは、この潜伏しているHHV-6が、残業がしばらく続いた、といった中程度の疲労によって再活性化することを見出しました。

じつは、われわれは疲労の研究を始める前に、すでにHHV-6が再活性化するしくみを解明していました。それは具体的にいえば、HHV-6の再活性化が、真核生物翻訳開始因子「eIF2α」のリン酸化によって引き起こされる、という現象です。真核生物翻訳開始因子とは、核を持つ生物である真核生物の細胞が、タンパク質をつくる際に必要な因子です。

ヒトの体には、ストレスに反応するしくみが複数備わっていますが、そのうちの一つに、「統合的ストレス応答」(以下は「ISR」と表記します)と呼ばれるものがあります。この反応では、さまざまなストレスに対応するために、細胞がeIF2αをリン酸化して(*その本来の機能を奪い)、タンパク質の合成が起こらないようにします。

ストレスがかかった状態で無理にタンパク質をつくっても、正しいタンパク質がつくれず、変なタンパク質をつくって細胞が死んでしまったり、がんになったりします。ウイルスに感染されている場合は、タンパク質をつくっても細胞がウイルスに乗っ取られているので、ウイルスのタンパク質だけをつくってしまいます。こうした場合に、タンパク質合成をストップするのがISRというわけです。ISRは強く作用した場合には、「アポトーシス」という細胞死も誘導します。