基礎学力というものはどんな時代にも不可欠

イギリスでは1980年代に、これからは誰もが計算機を使う時代になるからと、学校で計算は教えずに応用問題ばかりを解かせる教育に転換しました。すると、深刻な学力低下が起こり、応用問題がますますできなくなったということがありました。

逆に19×19までのかけ算を覚えさせるインドからは、次々と優秀なIT技術者が輩出されています。

やはり基礎学力というものは、どんな時代にも不可欠なものです。

かつてインドで、オオカミに育てられた少女が発見されたという話がありました。その少女は生涯、簡単な文を話す程度の言語能力しか獲得できなかったと言われています。

このオオカミ少女の話自体は創作であるとも言われていますが、おそらく実際に人間がある程度の時期まで何の勉強もしていなかったとしたら、人間という種に生まれていても、その知能は発揮できないだろうと思います。

どんな時代にも一定の勉強をしていなければ、生き抜くのは困難です。AI時代になれば、AIを使いこなすための勉強をしているかどうかによって、先行きが大きく変わる可能性があります。

「AI時代になれば、東大に入るような学力は必要なくなる」という見方をする人もいますが、私はむしろ、AI時代のほうが学力による格差の大きい社会になると思います。AIを使いこなせる能力のある人、あるいは貧乏人をだませる能力のある人がさらに格差の上位に立つという、厳しい社会が到来すると予想しています。

安泰な職業はなくなる

近い将来、AIやそれを搭載したロボットに、人間の仕事が大量に奪われると予測されています。

たとえば税理士の仕事は、すでにAIの会計ソフトを使用すればほとんど処理できるようになっています。では、それで税理士が軒並み失業するかというと、話はそう単純ではありません。

それまで手作業で行っていた業務の大部分をソフトで処理できるということは、一人ひとりの税理士にとってみれば、より大量の業務を請け負うことが可能になったということです。すると、たとえば営業能力が高い税理士は、これまでの何倍もの顧客を囲い込むことができるようになります。

一方で、そのような能力に乏しい税理士は、これまで以上に有能な税理士に仕事を奪われることになるのです。

医師や弁護士の世界でも、医療データや判例をAIに読み込ませて、診断や訴訟業務の大部分を任せられるようになれば、同様のことが起こってくるでしょう。今後は、ありとあらゆる職業において、「できる人」と「できない人」の差が大きくなるはずです。

すでにそれがかなり進んでいるように見えるのが、歯科医業界です。歯科医といえば、昔は高収入の代名詞的な職業のひとつでしたが、いまは生計を立てられるかどうかという歯科医も少なくありません。その一方、優れた経営センスで審美歯科のクリニックなどを展開し、億万長者になっている人もいます。

AIの時代になっても、AIをうまく利用できる才覚のある人や、AIを管理する立場に立てる人は、これまでの5倍、10倍の仕事や収入を得ることができるでしょう。しかし、AIに代替可能な仕事しかできない人たちは、いまの格差に厳しい社会がそのままである限りは首を切られることになると予想されます。

AIの倫理と法的概念
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