彰子の父・藤原道長も念仏を唱えて応援

十一日の明け方に、北廂と母屋の間の障子を二間分取り払い、中宮様を北廂に移らせる(※)。御簾はかけられないので、几帳を重ねて立てて中宮様を囲う。

※この日は陰陽寮が作成した暦で出産を嫌う神が家に降りてくる日とされていたから、母屋を離れたんだね。

僧正、定澄僧都、法務僧都なども御加持に参上した。院源僧都は、道長殿が昨日お書きになった安産願いの書に立派な言葉を書き加えて読み上げる。その言葉がたまらなく尊くて、最高に心強い。かぶせるように道長殿が念仏を唱える口調も頼もしい。

藤原道長(写真=藤田美術館所蔵『紫式部日記絵巻』部分/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)
紫式部日記絵巻、藤原道長(写真=藤田美術館所蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

ここまでしていただいたら、いくらなんでも大丈夫だろうと思いつつも、すごく悲しくなって、みんな涙腺が決壊しちゃってる。「縁起でもない」「そんなに泣かないでよ」などとお互いに言い合いながらも、涙をこらえきれないのだった。

難産ぶりに「これはただならぬ事態だ」

たくさん人がいるとますます中宮様の気分も苦しくなってしまわれるとのことで、道長殿は女房たちを御帳台の南側や東廂にお出しになって、近しい方々だけがお産している二間に残された。道長殿の奥様と、乳母になる予定の宰相の君、助産役の内蔵の命婦が几帳の内側に入る。さらに仁和寺の僧都の君、三井寺の内供の君も呼び入れられた。道長殿が大声であれこれと指図されるものだから、僧の読経もかき消されて聞こえないくらいだ。

分娩スペースの隣の一間に控えていた女房は、大納言の君、小少将の君、宮の内侍、弁の内侍、中務の君、大輔の命婦。それから大式部さん。大式部さんは「宣旨」という、女房の最高職に就いている人だ。ずっと長いことお仕えしてきた女房たちが心配でおろおろするのはもちろん当然なのだけど、まだ勤務年数が短くてなじみが薄い私なんかでも、これはただならぬ事態だと内心感じていた。

また、その後ろの母屋の境目に立てた几帳の外に、中宮様の妹君たちの乳母が押し入ってきている。内侍の督(次女・妍子様)付きの中務の乳母、三女・威子様付きの少納言の乳母、幼い四女・嬉子様付きの小式部の乳母。二つの御帳台の後ろの狭い道は、人が通ることもできない。