防衛省 陸上幕僚監部 <strong>笠松 誠</strong>

防衛省 陸上幕僚監部 笠松 誠

19日には、現場の「共同運用調整所」が空港の管理事務室で発足した。先の面々に加え、国交省職員や空港長、空港職員、宮城県の職員など20~30人が毎朝集まった。

ここで、多彩な面々の中心に座ったのが笠松氏だった。

「米軍は駆けつけたものの、何をしていいかわからない状態でしたし、空港事務所の方々は、前田道路さんを使って滑走路を復旧することは決めていても、米軍をどうしていいかわからない。両者の調整が必要でした」(笠松氏)

ミリタリー(軍)とシビリアン(文民)との調整をやるのは自衛隊しかいない、と笠松氏は直感した。

「コロネル(一佐)・カサマツは本当にアメイジングでした」

米国海兵隊 大佐 <strong>クレイグ・S・コゼニスキー</strong>

米国海兵隊 大佐 クレイグ・S・コゼニスキー

笠松氏の名を口にすると、コゼニスキー氏の顔がほころんだ。

「今回のオペレーションがうまくいったのも、彼に拠るところが大きいと思っています。異質な者どうし、お互いに『何かやりたい』という意思ばかりが先行していたかもしれないが、彼は日本語と英語を駆使し、今日何をやるか、計画をどう進めるかをいろいろ考え、日米両サイドに周知徹底させたり、私とも話し合って何を優先すべきか、どういうリソースが使えるのかを洗い出しながら計画を立てていました」

ただ、やはり“アメイジング”は米軍だった。瓦礫の処理が急速に進み始めた。夜に離発着する輸送機は、左右で周波数の異なるヘッドセットを着けた特殊部隊の指揮官が、ランタンを並べた滑走路に目視で誘導する。管制塔やレーダー・航空灯火が使えないからだ。輸送機が次々と降り立ち、滑走路に吐き出された重機が連日動き回った。

救援物資が次々と運び込まれた。輸送機から滑走路に降ろされて海兵隊の大型トラックに積み込まれると、陸上自衛隊の先導で各所に散った。

「仕事量が莫大で、優先順位の付け方と、空港当局と何をするかを決めるのに気を使いました」(コゼニスキー氏)