「声」を遠くに伝えるために文字が生まれた

【松岡】まあ、それでも何を考えようとしてきたのかと言いますとね、第一には「声」とは何かということです。なんといっても音声や鳴き声は生物的なシグナルです。身体が連動している。ただし音域が狭いので、これを遠くに伝えるために文字にした。文字は空間をまたいで運べます。そこで「耳のシグナル」を「目のサイン」にして、これを連動させたわけです。でも、文字文化の根底に「耳のシグナル」があったとしたら、言葉の問題はどこかで必ず「声」の問題に帰着するところがあるだろうと思うんですね。

第二には「トークン」はどんな役割をはたしたかですね。言葉は交わすもので、コミュニケーションのためのもの、何かの「代わり」をして、人間の交換行為を支えている。では、言葉がトークンだとしたら、何の代わりなのか、逆に何かの代わりとして言葉がこれほど普及したのかということです。たとえば貨幣もトークンで、かつ異様に普及したものですが、そのあたりの関係は説明つくのかということですね。

第三に「記録」と「記憶」と「表現」の関係です。言葉はこれらのいずれでもすばらしい力を発揮してきましたが、文明と技術の変遷のなかで、その座をさまざまなメディアに譲ってきた。文様、絵画、信号コミュニケーション、ダンス、演劇、そして数学的表現などにね。では言葉ならではの記録・記憶・表現としてどんなものがあるのかということですね。このためにぼくはいつも文学や歌やパスワードやジャーゴンを点検しています。

言葉と「意味」が離れてきている

【松岡】第四に「意味」とは何かですね。意味は言語文化の歴史が持ち出した最大の価値観の系譜事例で、哲学の大半は意味をめぐる意味論だと言ってもいいほどですが、現代社会ではいまや言葉を離れて意味が交わされています。しかし、まだ意味の本質は探求しきれていないし、言葉がつくった意味ではない意味が広がってもいるので、その蝶番ちょうつがいを編集的に補いたいのです。ここには音楽やファッションやアートやデジタルメディアのいっさいが入ってくる。

そして第五にはやはり「情報」ですね。情報としての言語の正体を追いかけるのもありなんだけれど、ぼくが考えているのは、物理と数理と生理で説明されている情報的動向を、できるだけ言葉にしておこうということです。これはこの対話の冒頭から言ってきたことです。

【津田】いろいろ聞きたいことはあるんですが、やっぱり声と文字の関係が気になります。文字を持てなかった種族もいますよね。