直売所を和歌山、奈良、大阪に30店舗展開

和歌山県第二の都市、田辺市。「知の巨人」と称される南方熊楠を生んだこの土地は、温暖な気候で知られ、農業も盛んだ。梅干しやミカンの一大産地であり、スモモの栽培も盛んだ。

近隣の白浜町には、道後温泉や有馬温泉と並ぶ日本三古湯に数えられる白浜温泉があるほか、風光明媚めいびな観光地も点在している。日本一のパンダの「大家族」が暮らすことで知られる動物園「アドベンチャーワールド」もあり、最近ではパンダ目当てで訪れる観光客も多い。

そんな穏やかな土地が、農産物の流通革命の「聖地」であることを日本の大多数の人は知らないだろう。

第2章まで、何がこれまで日本の農業を痛めつけてきたか、農家が困窮し、日本人が飢えの危機に瀕していることを私は繰り返し述べてきた。「野田モデル」はその状況をひっくり返す「ゲームチェンジャー」となる可能性を秘めている。それを実践するのが「産直市場よってって」という農産物直売所を多店舗展開する仕組みである。これはいわゆる「チェーン店」とまったく違う、それぞれの直売所が個店の特徴を追求するスタイルで、その第1号店が生まれたのが田辺市だ。

「よってって」は、生産者が農産物を直接出品する直売所だ。1号店となるいなり本館は2002年5月にオープンした。なんと、野田氏66歳のときである。

以来、着々と出店を重ね、現在、和歌山を中心に奈良県、大阪府に30店舗を展開する。新鮮で品質の良い農産物の直売所が話題になるケースは増えたが、ここまで多店舗展開した事例はほとんどない。

「産直市場よってって」有田店
写真=プラス提供
「産直市場よってって」有田店

あえて「非効率的」な売り場をつくる

店内に一歩足を踏み入れれば、すぐに従来のスーパーマーケットとはまったく違う空間が広がっていることを実感する。

まず、「旬」の作物の圧倒的な豊富さだ。私が訪れた春先には、いなり本館の壁際はオレンジ色に染まっていた。

「不知火」「あすみ」「せとか」――ずらりと並んでいるのは柑橘類だ。

和歌山といえば、ミカンの生産量が全国1位だということは義務教育で習う。だから品揃えが豊富なのはわかるが、よく見ると1列ごとに生産者が違う。袋に張ってある値札には、すべて生産者の名前が書いてあり、値段やサイズがそれぞれ異なるのだ。

「産直市場よってって」みかん売り場
写真=プラス提供
「産直市場よってって」みかん売り場

壁から店の内側に目を転じると、今度はイチゴがずらりと並ぶ。こちらもそれぞれに生産者の名前が書いてあり、値段はバラバラ。果物ばかりではなく、トマトやほかの野菜もあり、陳列スタイルも同様だ。

季節ごとに店の表情はがらりと変わる。果物を例に取ると、夏は桃やスイカ、メロン、バレンシアオレンジなど、秋は温州ミカンや柿、ブドウ、梨など、冬はポンカンや八朔、ネーブルなどが並び、季節の味覚がふんだんに取り揃えられている。

「産直市場よってって」果物売り場
写真=プラス提供
「産直市場よってって」果物売り場

普通のスーパーなら、生産者が違うとはいえ、同じ作物を大量に並べるような「非効率的」な売り場は決してつくらないが、「よってって」では、生産者が競い合うように収穫したばかりの「旬」の品を徹底的に並べる。

店の奥に進むと米が並ぶ。ここも特徴的だ。

米は県外産のものもあるが、こちらも当然のように生産者の名前が入っている。

「つや姫」「コシヒカリ」「ひとめぼれ」――とブランド米をそろえつつも、「誰がつくったのか」にこだわっている。