「ピカピカの自転車に乗って、君はカッコイイね」

彼女はあまり多くを語りたがらなかったが、おそらく劣悪な環境の物件に嫌気が差し、路上に舞い戻ったのだろう。幡ヶ谷のバス停で女性ホームレスが撲殺されたように、やはり女性には男性よりも危険がつきまとう。

二〇二一年四月二十八日に公表された厚生労働省の調査結果によれば、全国のホームレスの内訳は、男性三五一〇人、女性一九七人、性別不明一一七人。この数値の信ぴょう性は不明であるが、女性ホームレスのほうが圧倒的に少ないのは、現場を見ても歴然である。それだけ路上における生活は女性にとってリスクがあるということなのだろう。彼女も一人で目立たぬように大勢がいる場所に寝たり、交番の横に寝たりしているという。

散歩を終え、ベースで黒綿棒と話すなり、まったりするなりしていると、ホームレスたちにスープを配って歩く「スープの会」の人たちがやってきた。大学生くらいの青年と中年男性の二人組が私の自転車(今回の取材用にドン・キホーテで買った最安値のママチャリ)を見て、こんなことを言い出した。

「この自転車、すごいねえ。こんなにピカピカの自転車に乗っているなんて、君はカッコイイね」

幼稚園児の頃、両親に初めて買ってもらった自転車を近所の人に褒められたときのような感覚だ。なんだか子どもをあやすような言い方で非常に癪に障る。

ホームレスの癪に障った「綺麗ごと」の押し付け

中年男性がチラシを出し、普段している活動について話し始めた。となりの大学生くらいの青年は、「時間になったので戻りましょう」と小声で急かしている。青年は就職活動で「ホームレス支援をしていました」などと言うのだろうか。私がひねくれているような気もするが、そんな感情を抱いてしまった。

國友公司『ルポ路上生活』(彩図社文庫)
國友公司『ルポ路上生活』(彩図社文庫)

彼らが去ったあと、スープを拒否していた黒綿棒に聞いてみる。

「なぜスープを受け取らないんですか? NPOだからですか?」
「僕はスープの会があまり好きではないんだ。僕が唄を歌っているといつも彼らが集まってくるのだけど、その拍手や声援が子どもを褒めているみたいな感じに聞こえてとても不快なんだ」

私と一ミリも違わない感情を抱いている。聞くと同じようなことを思っているホームレスが黒綿棒の周りにも結構いるらしい。

上手く言葉には表せないが、「あなたも私たちと同じ社会で生きている」「あなたは一人じゃない」といった綺麗ごとのメッセージを強制的に受け取らされているような気分だ。何か一つでも認めてあげることで、「ホームレスのあなたも社会の一員である」ということを押し売りしている。私の場合それがピカピカの自転車だった。正直、「舐めるなよ」と思った。

「物事は開かれるべきだ」という認識

スープの会とのやり取りもあってか、この都庁下でぬくぬくと過ごしている自分になんだか急に冷めてしまった。しかし、それが本当のホームレスたちにとっては「安住」という最も重要な要素であり、この場所から移動しない理由なのだろう。

西新宿で拾った布団を都庁下の路上に敷いて寝ていた國友氏。
筆者撮影
西新宿で拾った布団を都庁下の路上に敷いて寝ていた國友氏。

それから数日経った八月四日の朝、私は黒綿棒にお礼と別れを告げ、自転車で上野へ向かうことにした。黒綿棒は最後、私にこう伝えた。

「君と僕は気質が同じだと感じている。お互いに物事は開かれるべきだという認識があるだろう。ホームレス社会と一般社会の風通しに対する考え方が近いので、ここまで気軽に話せる関係になったのだと思う」

黒綿棒、私もまったく同意見だ。社会に背くように塞ぎ込むホームレスであれば、私はあまりコミュニケーションを取ろうとしないだろう。もし将来、自分が本当のホームレスになることがあるとすれば、この考えのもと路上生活を送りたいと思っている。

上野に着いて一段落したら、まずはこの約二週間一度も洗わずに酷使した、雨に濡れたときの犬の臭いがするタオルを石鹸で洗うことにしよう。黒綿棒にそのことを話すと「僕のタオルは犬を通り越してカブトムシの臭いになっている」と笑っていた。

不安な気持ちのまま、上野駅前での生活が始まった。
筆者撮影
不安な気持ちのまま、上野駅前での生活が始まった。
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