検査だけで20万円、手術をしても余命3カ月

女性は獣医師に尋ねた。

「CTじゃないとわからないんですか。◎△動物医療センターは高額ですよね。いくらぐらいかかるんでしょう」
「20万円ぐらいかな。血尿の状態から言ってかなり悪化しているから、急いで行ってね」

こともなげな返事が返ってきた。ではがんだと分かったら、治療はどうするのか。

【獣医師】膀胱は全摘手術になるだろうね。

【女性】全摘……。それでどれくらい生きられるんですか。

【獣医師】相当悪そうだから、3カ月ぐらいかな。

これから検査、診断をして、手術まではどれくらいかかるのだろう。退院して、手術の痛みが癒える頃には病状が再び悪化する、あるいは体力が尽きて死に至るかもしれない。聞きたいことは山ほどあったが、獣医師は次の患者を呼び入れ、愛犬の診察は終了となった。

手術になれば、さらに50万円…

女性と娘は茫然と帰路に就いた。涙がどっとあふれてくる。

「余命3カ月、手術するって。そんなに悪化しているの。痛いでしょ。早く気が付いてあげられなくてごめんね」

泣きながら話しかけると、愛犬は大丈夫だよと言うように懸命に顔をなめてくる。健気さに涙が止まらない。

心配でたまらず、胸のあたりを押さえている女性
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
※写真はイメージです

帰宅して、今度は◎△動物医療センターに電話を入れた。CTは20万円として、それでがんが見つかったら、手術費用はいくらかかるのか。

【相談員】そうですね、CTが20万円、手術は50万円です。クレジットカードでお支払いいただけますよ。予約はいつになさいますか。

【女性】高額なので迷っています。他の獣医さんにセカンドオピニオンをお願いしてみるので待ってもらえますか。

【相談員】では、どうされるかお決まりになりましたらまたお電話ください。

迷いに迷い、手術しないことを決めた

愛犬は大切な家族だ。ペットショップで売れ残り、3分の1にディスカウントされていたところを引き取り、育ててきた。穏やかで、優しく、甘えん坊な、一家の末っ子だ。

(いくらかかろうとも治療してあげるべきで、金銭的な理由で治療をためらう自分は、愛情が足りないのかもしれない)
(だが、70万円は正直きつい)
(手術をしても余命3カ月。転移している可能性もある)
(愛犬には治療の意味が分からない。ただ、痛くて怖い思いをさせられていると思うだろう)
(手術そのものの危険、麻酔の危険、後遺症も心配だ)
(末期の膀胱がんは相当痛そうだ。数年前に膀胱がんで亡くなった友人の母親は緩和ケアが上手くいかず「痛い、殺して」と嘆願しながら逝ったと聞いた。人間でさえ上手く行かないことがあるのに、犬はどうなのか)
(痛く怖い思いをさせてまで数カ月延命させることが、本当に愛犬のためになるのだろうか)

迷いに迷い、調べ、家族とも話し合った結果女性は、「がんと診断されても、手術は受けさせない。穏やかに逝かせてあげたいので、できる限りの緩和ケアをしてもらう。最期まで諦めずに治療することこそ最善と考える獣医師から提案されることはなかったが、あまりにも痛がるようなら安楽死もやむを得ない。その時は、家族全員が見守る中で逝かせよう」と決めた。