ヨーロッパでレカネマブが販売されない理由

現在のところレカネマブが販売されているのは米国のみである。米国では国民全体をカバーする公的医療保険がなく、大部分の国民は所得に応じた民間保険サービスを購入することになる。医療は社会福祉というよりもビジネスと見なされており、高額医療は「個人の経済活動」とされているので、先端医療や高額薬品が実用化されやすい。

一方、ヨーロッパ先進国の多くでは公的医療保険が整備されており、わずかな自己負担額で医療サービスが受けられるが、レカネマブのような高額薬品の導入には慎重である。英国系報道機関であるロイター社は「エーザイ共同開発のアルツハイマー薬、欧州で需要に懐疑」という解説記事で、「副作用や医療資源への追加コストをしのぐほどのメリットがあるのか」「認可されても幅広く使用されそうにない」「投資をすべき薬なのだろうか」などといった、欧州の専門家たちのインタビュー記事をまとめている。

そして、日本の医療制度は公費負担割合が大きく、ヨーロッパ型に近いのだ。

コロナで先送りされた死生観の見直しを

手厚い福祉政策で定評のある北欧諸国だが、その特徴として「寝たきり老人がいない」ことが挙げられる。国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授は『週刊現代』(2015年9月26日・10月6日合併号)で「自分で食事をできなくなった高齢者は、無理な食事介助を行わず、自然な形で看取る」と述べており、長期間寝たきりになる高齢者がいないのだ。この方針は「個人の尊重」「国家財源の節約」の両面において国民に広く受け入れられており、日本の認知症高齢者でよくみられる「胃ろう(胃に穴をあけて栄養剤を注入して生命維持)は虐待」と考えられている。

一方、日本の寝たきり老人数は約300万人以上と推計され、人口比で世界一位とされている。また高齢人口比率(65歳以上の割合)も29.1%と世界一である。高齢者に対しても現役世代同様の医療を行うことが常識とされ、2019年に「終末期ケアをあらかじめ家族と決めておく」ことを勧めた厚労省のポスターは患者団体の抗議で撤回された。

嘆き悲しむシニア女性
写真=iStock.com/Tero Vesalainen
※写真はイメージです

日本人の死生観はコロナ禍でも変わらず、2021年のコロナ渦中に「高齢者は入院の優先順位を下げる」旨のメールを出した大阪府幹部は、新聞にスクープされて謝罪と撤回を余儀なくされた。家族の希望があれば「80代に人工呼吸器」「70代にECMO装着」と公費による高額医療が施され、その結果100兆円を超える国債残高を積み上げた。

日本経済は弱体化し、円安も物価上昇も社会保障費増も実質賃金減少も進行する一方である。少子高齢化も改善する気配は見えない。現状のままレカネマブ販売を開始しても、日本社会をさらに困窮させる可能性が大きい。レカネマブの保険適応には「不妊治療のような年齢制限」そして「日本社会の死生観の見直し」が必須であると、私は考えており、思いを同じくしている医師は少なくない。

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