ニコラス・ケイジと溺死者の相関関係

なお、ペルーやインドでも「イベルメクチン推奨後に、新型コロナの流行が収まった」と主張されていますが、推奨前から実効再生産数の減少がみられ(イベルメクチンとは無関係に流行が収まりつつあった)、推奨後に何度も流行が再燃していることから、イベルメクチンが新型コロナに効果があるという証拠にはなりません(※3)

〈イベルメクチン推奨前〉と〈イベルメクチン推奨後〉で入院患者数を比較するといった、同じ集団を異なる時点で比較する研究を「時系列研究」と呼びます。この方法は直感的にはわかりやすいですが、前後比較だけで因果関係があるかどうかはわかりません。前後比較では相関関係(一方が変化すると他方も変化する)を示しても、因果関係(原因と、それによって生じる結果の関係)のないことが多々あるからです。

こうした事実を表すジョークとして、「ニコラス・ケイジの映画出演が増えると、プールで溺死する人も増える」という例があります(※4)。〈水泳プールでの溺死数〉と〈ニコラス・ケイジの映画出演数〉には全く因果関係がないのに、たまたま数値の推移がそっくりなのでグラフにすると相関関係があるように見えます。似たような増減をしている二つの事柄を選んで並べるだけで、あたかも因果関係があるように見えるのです。相関関係と因果関係は同じではないということを知っておきましょう。

プールサイドにサンダル、プールにはカラフルなボール
写真=iStock.com/YinYang
※写真はイメージです

※3 No data available to suggest a link between India’s reduction of COVID-19 cases and the use of ivermectin - Health Feedback
※4 ニコラス・ケイジの映画が増えるとプールで溺死する人も増えるのか? - GIGAZINE

「研究のようなもの」に過ぎない雑な根拠

一方、東京都医師会長が根拠として挙げたものに、〈イベルメクチンを投与した国〉と〈イベルメクチンを投与しなかった国〉の比較があります。

アフリカの国々のうち、寄生虫疾患の予防目的で住民にイベルメクチンが投与されていた国では、非投与国と比べて新型コロナの感染者数や死者数が少ないというのです(※5)。でも、イベルメクチン投与国と非投与国とでは、イベルメクチン投与の有無以外にもさまざまな要因が異なります。イベルメクチンがまったく効かないとしても、たとえば「寄生虫疾患が流行するような気候の国では新型コロナが流行しにくい」といった要因があれば差が出てしまうのです。

イベルメクチン投与国と非投与国とで、感染者数や死亡数を比較するといった異なる集団を同じ時点で比較する研究を「集団間比較研究」と呼びます。時系列研究も集団間比較研究も分析の対象は集団で、個人レベルの情報は反映されず、さまざまなバイアスの影響を受けやすいためエビデンスレベルは低いとされています。丁寧にバイアスを排除する工夫がなされている研究なら一定の信頼はできますが、そうではないなら研究ですらなく「研究のようなもの」に過ぎません。一言で言うと、あまりにも「雑」な議論なのです。

※5 東京都医師会「急増する自宅療養・自宅待機者への対応