「何もしない選択」を選ばなくてもいい環境を

あれから15年近くが経つ今、もし当時のように子どもたちがmocoどうぶつ病院に「死にそうな野良猫」を連れてきたら……そうしたらきっと「連れてきてくれてありがとう」と言うだろうと、モコ先生は考えます。

動物の死に際に人間ができることなどありません。でもちょっと温めてあげる、点滴で水分やわずかな栄養分を補ってあげることはできる。お金がはらえないから、もう死んじゃうからと「何もしない選択」は、獣医師の自分にとって後悔しか生まれないことを知っています。

(でもそれはmocoどうぶつ病院ができたから言えること。ここではすべて私の責任で決断し、行動できる)

だから15年前にやとわれていた時には、やっぱり言えないことだったのです。

初めての手術を指導してくれたオー先生はよくこう言っていました。

「一人にできることは小さいことかもしれないけど、何もしないよりはしたほうがいい。ここでできることをしよう」

だからモコ先生は野良猫が不妊去勢手術を受ける“ワンチャンス”を大事にしています。

(野良猫にとってこの手術が人間が関われるたった一度の機会かもしれない。もう一度この猫に人がふれることはないかもしれない。だから最初で最後の人の手は温かいものでなければいけない)

野良猫は「めいわく」な存在なのか

青空が広がった2023年春のある日、モコ先生はボランティアさんたちと不妊去勢手術を終えた猫を元にいた場所にもどすため、大きな公園にやってきました。

ほかく器の入り口を開けると、猫が勢いよくビューッと、一目散に飛び出していきます。

「野良猫ってめいわくなのかな」

モコ先生が独り言みたいにポツリと言いました。

「昔はどこにでも野良猫っていたし、えさをあげなくても生きていたし……でも今は飼い猫なら家から出しちゃダメだし、野良猫の命もいつかつきる。存在さえ許されない社会ってさびしいよね」

その時ふと、公園のすみでホームレスの人が野良猫をだっこしてうたたねしているのが目に入りました。まだ肌寒い外で猫をだっこしていると温かいのでしょう。

モコ先生の視線を追って、ボランティアさんもそれに気づきました。

「先生、あの猫に手術を受けてもらえないか、私が聞いてきますね」

ボランティアさんは言うなり、空いたばかりのほかく器をかかえ、ホームレスの人のところに走っていきます。とちゅう、自動販売機で飲みものを購入し、ホームレスの人にそれを差し出しながら何かを話しかけています。