『パティスリー・サダハル・アオキ・パリ』は、シェフパティシエである青木定治さんの会社だ。菓子作りのトップが経営者を務めるという構図は、業界では異例といわれる。青木さんはなぜ「雇われの菓子職人」では満足できなかったのか。フードジャーナリストの三輪大輔さんが聞いた――。

業界の常識を壊したパティシエ

あなたはケーキ1個にいくらまで出せるだろうか。

パティシエの青木定治さんが2005年に『パティスリー・サダハル・アオキ・パリ』1号店を丸の内に出したとき、ケーキは1個800円、マカロンは1個300円で売り始めた。

青木さんは「僕の名前の店でケーキを出す以上、妥協しないケーキを作りたかったんです。それには材料費がかかり価格は800円でないと難しかった」と話す。

ただ、周囲はそんな事情は知らず、800円では売れないと懐疑的な声ばかりだったそう。

「当時のことを知る卸業者に聞くと、不二家のショートケーキの価格は300円を切っていたそうです。ほかの洋菓子チェーンの生ケーキの価格も300円~400円程度だったというから、ウチのケーキはかなり高かった。それでも800円で売ることは譲れなかった」(青木さん)

大方の予想に反し、青木さんのケーキやマカロンは大ヒットをする。相場より高くても売れたのは、こだわり抜いた素材に自身の技術を惜しみなく詰め込み、ケーキの価値を高めたからだ。

今では青木さんのような価格設定を行うパティスリーは珍しくない。青木さんが日本のケーキの相場を変えたといえる。

「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」丸の内店
撮影=田中伸弥
「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」丸の内店

大企業から自分の店を買い取る

「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」は人気を博し、2012年までに首都圏に4店舗を構えるようになった。しかし青木さんはそれでは満足しなかった。

当時、店舗の運営はANAホールディングス傘下である全日空商事の100%子会社エー・スイーツ・ハウスが運営を行っていた。

青木さんは常に「お菓子を通して人を喜ばせたい」と考える人だ。新商品はもちろん、西日本への出店や他企業とのコラボ商品など、さまざまな企画でお客の笑顔を増やしたかった。

だが、「運営会社の社員たちが優先するのはどうしても会社の安定だった」(青木さん)ため、アイデアが形になることは少なかった。

決して規模が大きくはない子会社のため、会社側が確実な方法で安定した利益をとりたいのは理解できる。ただ、お店には青木さんの思いに共感して入社したスタッフが100人以上いた。彼らの働く目的は、もちろん青木さんの存在だ。

撮影=田中伸弥
『パティスリー・サダハル・アオキ・パリ』のケーキ、「フレジエ」(930円 税抜価格。期間限定商品のため現在は発売していない)。ケーキのイメージを変えるスタイリッシュな四角いスイーツだ。

ここで、シェフパティシエが不完全燃焼になってしまうと、スタッフのモチベーションにも悪影響を及ぼし、店舗のクオリティーが失われてしまう。それはブランドの危機といっても過言ではない。

悩んだ末、2019年に青木さんは運営会社の全株式を買い取り、業界では稀なシェフパティシエ兼経営者になることを決めた。ANA側も青木さんの決断を尊重し最大限のバックアップを行い、快く送り出している。