一方の『戦争論』は一対一のパワーゲームを想定しているだけに、自分にとって何が重要なのか、そこに脇目も振らずに集中しておくことがいかに大切か、ということを繰り返し説いている。例えば、上司や同僚と抜き差しならぬ関係になったとき、大いに応用できる観点だ。
実は、『戦争論』にはそれ以上に大きな学びとなる指摘がある。
争いごとが起きたとき、ある程度頭のいい人たちがあれこれ考えても、出てくるアイデアはどれも似たり寄ったりになりがちだ。諸葛亮孔明のような智謀が湧き出るなど、まずありえない。
では、成果が出る人と出ない人はどこが違うのか。
それは、自分の思考を実行に移せたか否かに尽きる。『戦争論』が、将軍の実行力と、そのための勇気・信念を強調して止まないのは、頭の中で素晴らしい戦略を立てたとしても、実際に目の前で血しぶきが飛ぶ中でそれを実行するのがいかに困難であるかを承知しているからだ。クラウゼヴィッツはこの困難さを「摩擦」と呼ぶ。摩擦をいかに克服するかが勝負の分かれ目であり、怯んでいては絶対に成果は挙がらないと主張している。
思考・戦略と実行との間のギャップは、経営戦略論の中で常に問題点であり続けている。1950~60年あたりにイゴール・アンゾフやアルフレッド・D・チャンドラーらがつくった経営戦略論の雛型では、要は頭のいい人が状況を分析して策定し、下の人にやらせるのが戦略だ、としたが、残念ながらうまくいかない。ヘンリー・ミンツバーグ氏らは「人間は機械ではない」「現場は状況がめまぐるしく変わる。戦略を策定しても、実行する段階で状況は変わっている」とこれを批判した。