「グローバル・サウス」とはそもそも何なのか

「グローバル・サウス」という言葉は、20世紀後半のいわゆる南北問題の議論の中で、欧米以外の新興国・発展途上国を包括的に指す概念として生まれたものだ。その後のアジア諸国などの急速な経済発展もあり、この言葉は国連開発計画(NDP)などの開発援助機関によって、「途上国同士の協力」という文脈の中で使われるようになった。

そして近年、国連を重視し、途上国同士の連帯を強調しようとする諸国(インドはその代表である)の意向を受けて、外交の場面でも「グローバル・サウス」の概念が用いられるようになった。とりわけ欧米諸国の左派系の学者の間では、「(欧米主導の)新自由主義的なグローバル化の暴力に抗する動き」の象徴といった、ある種のイデオロギーを伴う概念として使われている。(篠田英朗「G7外相会議で林芳正外務大臣がこだわりを見せた『グローバル・サウス』という言葉が示すもの」現代ビジネス、2023年4月25日)

一方、アメリカのジョー・バイデン大統領は、就任前から「民主主義諸国と権威主義諸国の対峙たいじ」という国際社会観を披露している。世界の諸国を二つに分けて見せるのは、19世紀の「モンロー・ドクトリン」、冷戦時代の「トルーマン・ドクトリン」、対テロ戦争時の「ブッシュ・ドクトリン」のいずれにも相通じるもので、アメリカの基本的な世界観の反映だと言える。(篠田英朗「『バイデン・ドクトリン』とは何か? 中国の脅威を前に、もはや超大国間『競争』は避けられない」現代ビジネス、2021年7月8日)

「先進国と途上国の懸け橋」というと聞こえはいいが…

一般に、このバイデン政権の姿勢は、日本では評判が悪い。アメリカに特有の短絡的・イデオロギー的世界観に見えるのだろう。逆に「グローバル・サウス」という包括的な概念が日本で受けがいいのは、アメリカ的な世界観とは異なる視点で世界を見た上で、「先進国と途上国の懸け橋になる」という、日本社会には受けのいい夢を語りやすいからだ。

だが世界を「北」の経済先進国と「南」の新興国・発展途上国に分け、後者の諸国を全て「グローバル・サウス」なる実体性のない抽象概念に押し込めるほうが、実際にはよりいっそう短絡的な単純化の度合いが高いと言える。「(日本は)民主主義と権威主義の懸け橋になる」とは言いにくいが、「北と南の懸け橋になる」とは言いやすいかもしれない。だが、それは、日本人の一方的な願望に基づく発想でしかない。

BRICSにおけるインドとブラジルの例と同様に、「グローバル・サウス」とひとくくりにされる各国の国際政治上の立ち位置はバラバラだ。米中対立という図式の中でそれなりの「中立」を志向しているとみられる国同士であっても、それぞれの属する地域においてしばしば対立構造が存在し、決して一枚岩というわけではない。「グローバル・サウス」というふわっとした概念を掲げることで中立的な諸国を丸ごと取り込みたい、という願いを抱いているとすれば、それはあまりにも安易に過ぎる。