ディアトロフ隊は大学のあるエカテリンブルク(当時は革命家の名にちなんでスヴェルドロフスクと呼ばれていた)から鉄道、バス、トラックを乗り継いで山を目指した。そこまでは車中泊の他、工事現場の労働者用の寮に泊めてもらったり空き家を探して寝たりと、かなり切り詰めた旅である。

それでも若いだけに終始元気いっぱいで、楽器を鳴らし、合唱し、絵を描き日誌をつけ写真を撮り、ラジオを組み立てた。恋愛模様もあった。

テントから飛び出した理由は「超低周波音」なのか

途中下車した町の小学校では即席の教師役まで引き受けた。女子学生の1人は生徒たちから特になつかれ、いざ別れる段になると皆に泣いて引き留められている。エリート大学生も田舎の小学生も、ある意味非常に純朴でいられた時代でもあった(アイカーはこの小学校も訪れている)。

いよいよ山地に着くと、そこからは徒歩やスキーで登り、テントを張って雑魚寝すること3回。4回目が惨劇の夜だった。

アイカーの説では、直接の死因たる頭蓋骨骨折も圧迫骨折も全て事故で説明がつけられ、怪死でも何でもないという。つまり本当の死因はテントから飛び出たことであり、飛び出ざるを得なかった、その理由は――超低周波音の発生だったと断言している。

「死の山」は標高1000メートルを少し超える程度の、さほど高い山ではない。勾配もゆるやかで、左右対称の、お椀を伏せた形をしている。

しかし一見おだやかそうなこの形が、強風のもとでは稀にカルマン渦(物体の両側に発生する、交互に反対回りの渦の列)を生じさせることがある。今回はテントをはさんで右回りと左回りの空気の渦ができて超低周波音を生み、中の人間を襲った。

9人を同時に錯乱させ得るものなのか…

それでどうなるかといえば、耳には聞こえなくとも生体は超低周波音に共振し、ガラスのようにもろくなる。心臓の鼓動が異常に高まって苦しくなり、パニックと恐怖に襲われ、錯乱状態になるという。

中野京子『新版 中野京子の西洋奇譚』(中公新書ラクレ)
中野京子『新版 中野京子の西洋奇譚』(中公新書ラクレ)

ここが「死の山」と名づけられたのは動物がいないからだが、それは時折り発生するこの超低周波音のせいで棲みつかなかっただけかもしれない。

アイカーはこの説を専門家に肯定してもらったと記している。しかしその専門家は1人だけだし、検証がなされたわけでもない。完璧に証明されたとは言えないのではないか。

超低周波音が心臓に及ぼす影響は、理論的にはわかる。だがはたして9人もの人間を同時に錯乱させ得るものだろうか。それほど凄まじい超低周波音が存在するのか。かといって実験するわけにもゆかない。

結局この解答にもまだ謎が残り、ディアトロフ事件はこれからもずっと奇譚として語られ続けるような気がする。

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