決して派手ではないが、見るたびに心に染み入る奥深い味わい。
日本人の琴線に触れる美しさがこのケースにはある。

GS 特有のザラツ研磨が施されたケース。歪みのない平面、平面と曲面のつなぎ目のエッジがメリハリのある高級感を生む。

時計の美しさを左右する要素はいくつかあるが、なかでもケースは見た目の印象を決定づける重要な外装部品である。個性的なフォルムや新種の素材で独自性を打ち出す海外ブランドのケースに比べれば、グランドセイコー(以下GS)のケースはいたってシンプルに映るが、そこには日本発ならではのものづくりが貫徹され、その美意識はどのブランドよりも際立っていると言っていい。

GSのケース製造にはザラツ研磨という特殊加工が用いられる。これは回転する金属の円盤に研磨紙を貼り付け、そこにケースを押し当てて表面を磨き上げるものだ。

「平面のゆがみをなくし、平面と斜面のつなぎ目のエッジをしっかりと際立たせる。これがザラツ研磨の特徴です。一般的な鏡面仕上げだとつなぎ目の部分の角が立たずに丸くなってしまうのです」

早川拡志さん
林精器製造、経営管理部技術開発グループ所属。1969 年入社。40年以上GS のザラツ研磨を担当してきた熟練職人。現在は後進の指導にあたる。
足立裕昭さん
林精器製造、精器事業部所属。入社直後から15 年近く設計部門に所属。「GSの設計で簡単なものはなかった」と振り返る。現在は工場の責任者。

と説明するのは研磨職人歴40年以上の早川拡志さん。「GSの研磨は毎回が勝負」と話す。

「一般的なケースだと1つの面の研磨は2工程で終わりますが、GSは倍の4工程。粗さの異なる3種類の研磨紙で磨いた後、よりきめの細かい方眼紙で仕上げます。また、GSの研磨で重要なのが“感性”。最初の研磨の段階で最終の仕上がりをイメージしていないと行き詰まってしまう。指先に伝わる熱や振動、研磨材の減り具合などを感じながら研磨していきます。これができるようになるには最低10年は必要ですね」

工程数が多く技術的難度も高いGSの研磨は、設計面との連携も不可欠だ。15年にわたってGSの設計を手がけた足立裕昭さんは次のように話す。

早川、足立両氏が「1番泣かされた」と口をそろえるリュウズガード部分。曲面と平面の組み合わせに骨を折ったという。

「GSの研磨を行うには、デザインの段階から磨き方を決めないと後からではどうにもできなくなってしまう。普通はサンプルを1回つくればデザインが決定することが多いのですが、GSの場合はデザイナーや研磨職人と相談しながら3回くらいサンプルを出してデザインを仕上げています」

デザイナーから困難なデザイン提案を受けることもあるが、決してノーとは言わない。それを知っているからこそデザイナーからも新たな表現が生まれる。頂点を目指す共通意識と切磋琢磨する姿勢が技術を高め、高水準の技術が正統的な美を創造する。微に入り細を穿(うが)つ日本ならではのものづくりに裏打ちされた正統的な美しさは、時を経ても色あせることがない。高級時計の本質を見る思いだ。

 

「グランドセイコー」(SBGR055)。

 

研磨技術の高さがうかがえるリュウズガード付きモデル。内部には72時間持続、平均日差(静的精度)+5~-3秒の「9S65」搭載。
 

ケース、ブレスレットともにステンレススチール。
ケース径39.4mm。
自動巻き(手巻き付き)。
39万9000円

 
 

Series グランドセイコー物語<全5回 index>

第1回 合言葉は「100年後」
第2回 「1つ上」の使命
第3回 「美」に近道はない
第4回 「シンプル」のすごみ
第5回 「コンマ1」の必然

(構成・文/デュウ 撮影/山下亮一)