「廃業するしかない」という個人事業主が少なくない

冒頭述べた「強い者、稼げる者しか生き残れない世界になる」という意味がわかると思う。仕事を頼む側(出版社)からすれば、支払い消費税額が増える執筆者Bさん(免税事業者)より、増えない執筆者Aさん(課税事業者)に仕事を依頼したほうが損しない。もしくは冒頭、出版社から私にきた文書のように「あらかじめ原稿料から10%引く」という相談をもちかけられる可能性もある。

かといって、細々と仕事をする個人事業主は課税事業者への転換に迷う。納税の負担が重いからだ。私の周囲でも、インボイス制度導入により「廃業するしかない……」と暗い目をする個人事業主が少なくない。咲野氏が指摘する通り、制度導入により失業者は確実に増えるに違いない。

そして自分が課税事業者に転換して生き残る場合も、「仕事の質」が低下する恐れがある。

私は2018年にフリーランスになってから、毎年800万円前後の年収を維持している。高年収だと思う人がいるかもしれないが、実は大きな弱点がある。収入の9割以上が原稿料のため、これ以上の収入増は見込めないということだ。「取材執筆の仕事」は肉体労働と通じる部分があって、物理的な限界がある。実際一年間、一日も休まず働いた年も、900万円を超えることはなかった。さらに収入を増やすには、徹夜で原稿を書き続けるとか、自分の書いた本が爆発的にヒットする、あるいは出版以外の講演などの仕事を増やさない限り難しい。

だからフリーランスの年収は「会社員の年収の半分程度」になる

また、人によってやり方は違うと思うが、私は取材執筆に関わる経費は原則として自己負担にしている。経費で大きく占めるのは取材交通費、資料(書籍)代、交際費。記事にするための取材は常日頃から欠かせず、特に書籍執筆の際などは徹底的に取材を重ねるのでそれなりの額になる。取材を受けてくれた方への気遣いも必要で、忙しいなか時間をさいてもらうのだから、専門家はもちろん一般の方に対しても、お礼をする(金銭とは限らない)。これが交際費だ。「自営業はなんでも経費にする」といわれることもあるが、私自身は個人的に欲しくて買った本や、取材先以外との飲食代などは経費に含めず、徹底して公私のラインを引く。それでも経費の総額は約210万円なのだ。

(年収)860万円-(経費)270万円(仕事場家賃60万円含む)=所得約590万円。さらにここから以前プレジデントオンラインで記事にしたように(※)、国民健康保険料を収入の約10%(年間88万円)徴収され、年金、住民税も引かれる。個人事業主は良質なものを生み出そうとするほど経費の負担が重くなり、一般的には会社員の年収の半分程度ともいわれる。つまり個人事業主の年収1000万円は、会社員の年収500万円と同等ということだ。ここに「消費税の納税」が入ってくるとすれば、取材にかける費用をしぼらざるを得ない。すると当然、記事の質が落ちる。

<健保変更で保険料は年88万円から年45万円の半額に…加入者を経済的に追い込む「国保」に入ってはいけない>(2022年8月5日公開)

インボイス制度実施に反対する声優有志チーム「VOICTION」共同代表の一人で、声優の咲野俊介さん
撮影=今井一詞
インボイス制度実施に反対する声優有志チーム「VOICTION」共同代表の一人で、声優の咲野俊介さん

私はこれからも時間と費用をかけて足で取材し、確かな記事を発信していきたい。売れっ子ではないが、リアルな現場の話が好きと言ってくれる数少ない読者がいるからだ。同じように声優業界も、食べものを作る製造業の人も、自分が良質と信じる作品を世に出しているのだと思う。お互いをつぶしあうのではなく、お互いが生み出す作品を求め、経済をまわしていく世界にしたい。

だからやっぱりインボイス制度導入に私は反対だ。

最後に、咲野氏の言葉を紹介したい。

「インボイス反対の活動をしていて、打てば響くんだなって感じました。大勢が応援してくれ、一緒に声をあげてくれ、活動に参加してくれています。僕たちは何のコネもない、ただの国民です。でもただの国民が声をあげても、世の中は変わるんだって成果がほしい。あらゆる分野で懸命に声をあげている人たちが、結局変わらないんだ、失敗したなって思わない世の中になってほしいです」

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