コストのかからない「Qドラム」

南アフリカの建築家のハンス・ヘンドリクスは、「Qドラム」という水を運搬するための容器を発明しました。これは転がして運ぶことができるバケツで、1度に50リットルも入れることができます。ドーナツ型で、穴の部分にロープを通すと、どんな地形でも転がして運ぶことができます。

Qドラム
https://www.qdrum.co.za/より

例えば、エンジンが付いているような電動のものであったら、もっと便利かもしれませんが、間違いなく価格は高くなり、維持費もかかります。また動かすために複雑な作業や高度な技術が必要なものであれば、女性や子どもが気軽に扱うことはできません。

そうした意味でも、このQドラムは画期的なものでした。知性の勝利、アイデアの勝利だと思います。

私の講座の受講者も転がすところまでは思いついても、ドーナツ型で、真ん中にロープを通して、引っ張るというところまで思いつくグループはほとんどいません。一歩足りないわけです。

いいアイデアには「自分事」と「他人事」の目線が必要

では、彼らとヘンドリクスとでは、何が違うのでしょうか。私は想像力の深度だと思いました。まず、日々、水汲みをしている人たちからは、なかなかこうしたアイデアは生まれませんでした。なぜなら、実際に水汲みをしている人たちは、毎日水を運ぶことに必死だからです。「もっと楽に水汲みができたらなあ」と漠然と考えていたとしても、“自分事”すぎて、それを具体的に想像するまでにはなかなか至らなかったのです。

むしろ、当事者以外の人、例えば私たち日本人などの方が、“他人事”として状況を客観的に見ることができるので、いいアイデアを思いつきやすいのではないでしょうか。何か別の選択肢があるはず、他の可能性があるはずと、想像力を働かせて、「転がす」というアイデアを思いつくのは難しいことではありません。

齋藤孝『もっと想像力を使いなさい』(扶桑社新書)
齋藤孝『もっと想像力を使いなさい』(扶桑社新書)

ただ、アイデアを実現まで持っていくには、“他人事”のままでは深度が深まりません。誰が困っているのか、何に困っているのか、どういう問題が起きているのかを“自分事”のように捉えなければ、実際に使う状況を、リアルに想像できないからです。

実際に作るとなった時には、ヘンドリクスの弟がエンジニアで、2人の知恵を融合して、ドーナツ型のプラスチック製容器を考案しました。クリエイティブ想像力には、あえて自分から突き放して自由に発想する“他人事”想像力と、自分に引きつけて考える“自分事”想像力という、相反する二つの要素が必要なことを教えてくれます。

Qドラムは、素晴らしい大きな貢献をしました。南アフリカのヨハネスブルグにある主要な施設で製造され、ロンドンのサイエンス・ミュージアムなどを含む世界中のエキシビションで注目されました。

こういう構造はシンプルだが効果の高い道具やものを発明することによって現実を変えていく力こそ、クリエイティブ想像力の真骨頂と言えるでしょう。

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