「アクセスもいいのでとても人気なんですよ」

2019年4月、私は新宿駅東南口にある雑居ビルで、賃貸契約の手続きをしていた。前著、『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)の取材を終え関東へと戻った私は、都内に新居を探していたのである。オートロックの小綺麗な1LDKで気楽な独身生活でも送ろうと思っていたのだが、「歌舞伎町のヤクザマンションなんていうのも、住んだら面白いかもしれない」と冗談半分で周りに言いふらしたのが運のツキだった。

それを聞きつけた彩図社の編集長からかかってきた、「そこに住んで歌舞伎町の本を書いてみて。タイトルはルポ歌舞伎町で」というたった15秒間の電話でこの取材はスタートした。引っ越し先はもちろん、ヤクザマンションである。

「このマンションは近隣の相場に比べて家賃が低く、アクセスもいいのでとても人気なんですよ。この部屋も問い合わせが数件来ていましたし、お客さんラッキーですよ」

不動産会社の社員が笑顔で手続きを進めている。内見をふくめ顔を合わせるのは3回目だが、ここまでヤクザの「ヤ」の字も聞いていない。

となりでMCMのリュックを漁りながら契約の手続きをしているのは、おそらく風俗嬢だろうか。書類の提出日だというのにほぼ手ぶらでやってきたらしく、「こんなこともできないんじゃこの先何もできねえぞ。大家とも話がついてるし、もう引っ越すしかないんだから。俺が全部手取り足取りやってあげなきゃ、君はなにもできないんだろう」と元ラグビー部かなにかの店長らしき大柄な男性に叱られている。

壁紙がはがれ、床はめくれている部屋も

私の部屋は5階の一室。オーナーは上海に住む中国人の女性で、管理は管理会社に丸投げしている。17平米のワンルームで家賃は管理費込みで月8万円。同じ広さで6万円代の部屋もあるが、そういった場合オーナーの管理がずさんで壁紙がはがれている、黄ばんでいる、床がめくれているなど状態はかなり悪いそうだ。

部屋の鍵を受け取り、翌日家財道具を運び込んだ。地下にある駐車場に車を停めようとすると、黒のアルファードが数台並んでいるのが目に入った。間違ってこすったりでもしたら一体どうなるのだろうか。漫画に出てくるようなゾロ目ナンバーまであり、古風な雰囲気すら漂う。今どき、これ見よがしにそんなナンバーをつけるヤクザがいることに驚きである。

筆者が借りたヤクザマンションの一室
筆者撮影
筆者が借りたヤクザマンションの一室

1階と5階をエレベーターで何度も行き来していると、ホストと風俗嬢がひっきりなしにマンションのなかから出てくる。このマンションに住むホストたちが夕方店へと出勤し、風俗嬢は待機所になっている部屋からホテルへと向かうのだ。