2012年7月4日(水)

被災地に移住した若者のことばを聴く[第2回]

【短期集中連載】 陸前高田広田町+1(プラスワン)

PRESIDENT Online スペシャル

編集部=インタビュー・構成・撮影
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岩手県陸前高田市広田町。この被災地の町に移住した若者・三井俊介さん。前回(>>記事はこちら)のインタビューで三井さんは「人と同じことのほうが怖い」と語った。その考え方は、通い続けるボランティアではなく「移住」を決断したことに繋がっているようだ。そういう三井俊介は、どのようにできたのか。

三井俊介(みつい・しゅんすけ)
1988年、茨城県つくば市生まれ。高校時代はサッカー部所属。国際協力に興味を持ち、法政大学法学部国際政治学科入学。2008年、「WorldFut」設立。2009年4月から休学し、カナダとブラジルに留学。2010年2月に帰国、社会起業大学にダブルスクールで入学。2010年夏、カンボジア、中国、ベトナムを旅する。2011年4月、震災ボランティアで広田町に入り、通い続ける。2012年、法政大学を卒業。4月に広田町に移住。

「リスクを取る」ことへの担保

――「皆と同じだと気持ち悪い」と思う三井俊介を自覚したのって、いくつぐらいの歳ですか?
三井俊介さん。陸前高田の中心市街地(があったところ)にて。

三井 うーん……少なくとも大学1年のときにはありました。大学に入学したらサークルに入るのが当たり前だということに、まず拒絶反応が出ました。高校2年までは部活一筋で、3年くらいからちょっとおかしく(笑)なってた気がします。友だちとよく「今の世の中どうなの」とか、そういう話をするようになってました。受験期にそういう話をクラスの友だちとよくしていたことは覚えています。そこらへんから、いろいろと考えるようになった気はします。

――何か社会的な事件とか、きっかけはあったんですか。

三井 うーん……事件とかがきっかけになったということはないと思います。うーん……。その頃は、自分一人で何でもできると思っていたってのは、正直あります。「本気出せば何でもできるっしょ」みたいな(笑)。だから、誰かと一緒のことに価値を感じなかったのは、たぶん、そこ。でも、きっかけはちょっとわかんないですね。

――でも、少なくとも三井さんがそうなっていくときに、「友だち」は介在しているわけですね。

三井 うん、それは友だちと話してたんで。

――一人で何か突然神が降りてきた的な感じでは……。

三井 ないです(笑)。たぶん、昔からそういう考え方がぼくの中にあったと思うんですけれど、行動として具体的に現れたのは大学入ってからって感じですね。

――自分で考えて、人と違うことをやると、リスクが発生しますよね。

三井 そうですね。

――考えないでいても集団ごと死ぬというリスクがあるわけですが、人はあまりそれを口にしない。一方で、自分で考えて人と違うことをした場合はリスクがあるぞ――ということは、三井さん、言われた経験ゼロじゃないと思います。

三井 はい。

――三井さんは実際に自分で考えて広田にこうして来ているわけだから、リスクを取りに来ている。そういう三井さんを担保しているものは何なんですか。

三井 担保しているものは、ないですね。ただ、失うものもないんで。30代、40代になって、会社に何年勤めて家庭を持ってとなると、失うものも多くなると思うんですけど、大学入って、出て、正直失うものは何もないって自分は思いますね。

――でも三井さんが発行しているメールマガジン(注:「【被災地の復興に寄り添いたい!~23歳、三井俊介の陸前高田市広田町での挑戦~】」 http://www.melma.com/backnumber_193135/では、“同年代は今ごろ企業に入って、きちんと研修とか受けてるんだろうなと考えると、自分だけ取り残されてしまうという恐怖に駆られる”と書いてたじゃないですか。

三井 あー、それは確かに焦るんですけど(笑)、ただ、リスクという意味で言えば、大企業に入ったからほんとうに担保されてるかというと、担保されてないと思うんですよ、結局。だったら自分で生きたいように生きたほうが正直いいんじゃないかなあと思うんですよ。もしヘタこいてこっちでのたれ死んだら、それはそれまでの人生ですし。それよりも何かに流されて、誰かの言いなりになって生きてきたほうが、斃れたときに後悔しそうな気はするんですけどね……。

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