お客さんが納得できるものしか作らない、売らない

【木村】今の日本人の言葉がぼくには分からないんです。直球を投げてこないから。分かってよ、というのが腹の中にあるんでしょう。でもこちらの意図も分かってもらえないし、相手の考えも分からない。これが外国籍の人だと、直球を投げてくる。

例えば、中国出身の新入社員が「なんで私はあの人より給料安いんですか」って聞いてくる。中国の人たちって、給料を見せ合っているんですよ。だから他の人がどれだけもらっているか知っている。

あるいは「あの人、課長ですよね、私が部長になるにはどうしたらいいですか」って私に言ってくる女性もいました。

鳥取大学医学部附属病院の原田省病院長(左)とミキハウス社長の木村皓一さん(右)
写真=中村 治

【原田】控えめな山陰人では考えられない(笑い)。そこまで言ってくるというのは優秀な方なんでしょうね?

【木村】優秀も優秀、実力あるんですよ。今までに中国で新店を40店舗ぐらい立ち上げたんじゃないかな。

【原田】国際化といえば、我々のような病院でも新型コロナによって国外との交流が途絶えてしまった。これをいかに回復するか、です。

【木村】これからの日本はいろんな国の人を受け入れていかないと、ほんとうにしんどくなります。

鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 12杯目』
鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 12杯目』

【原田】将来的には海外に生産拠点を移すという考えはありますか?

【木村】それは無理でしょう。なかなか日本と同じ品質で作るのは難しい。しかし、日本国内から職人がいなくなっているということもあり、クオリティが日本と同様に高く作れる場合は、今も一部海外で生産しています。

品質は絶対に妥協できないので、あくまでも我々の品質基準がクリアできる範囲内に限ります。私たちのお客さんが納得できるものしか作らない、売らない。売れるからなんでもかんでもやるというのではないです。

【原田】オンリーワンのこだわりですね。我々とりだい病院もオンリーワン、ブランド力を高めていかなければならないとつくづく思いました。今日はありがとうございました。

木村 皓一(きむら・こういち)
ミキハウス 代表取締役社長
1945年滋賀県生まれ。1970年に父の経営する大阪の婦人服メーカーに入社し、アパレル事業の実務を学ぶ。1971年に大阪府八尾市でベビー・子供服製造卸「三起産業」として創業。世界に通用する高級ベビー・子供服ブランドを作り上げ、国内だけでなくパリの路面店や中国、シンガポールなど世界のハイエンド子供服市場におけるブランドの位置づけをゆるぎないものとしつつある。また子どもに関わる環境すべてを対象に、子育て支援事業や教育事業など様々な事業を展開している。さらに柔道・卓球・水泳・アーチェリー・空手など多岐にわたる競技でスポーツ選手を長年にわたり支援し日本スポーツ界の振興に貢献しており、地域の子どもたちのための柔道教室の運営やジュニアの卓球選手の育成など、幅広いスポーツ支援を行なっている。
原田 省(はらだ・たすく)
鳥取大学医学部附属病院長
1958年兵庫県出身。鳥取大学医学部卒業、同学部産科婦人科学教室入局。英国リーズ大学、大阪大学医学部第三内科留学。2008年産科婦人科教授。2012年副病院長。2017年鳥取大学副学長および医学部附属病院長に就任。患者さんとともに作るトップブランド病院を目指し、未来につながる医学の発展と医療人の育成に努めながら、患者さん、職員、そして地域に愛される病院づくりに積極的に取り組んでいる。好きな言葉は「置かれた場所で咲きなさい」。
(文=田崎健太、写真=中村 治)
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