「自分自身を制御できなくなってしまった」

残り時間、40分。そろそろ、本題に移ることにした。

ハメルの裁判記録によると、事件当日の彼の行動は、無責任で大胆極まりなかった。この記録が100%正しいかどうかは、私には分からない。当時34歳だった彼の証言を読んでみると、不自然な発言も多かった。

「あなたの犯した罪について、話を伺いたい。なぜ、殺人を犯したのですか」

ハメルは動揺してはいなかったが、初めて返答に悩んだ。

「……それは、今に至るまで、ずっと自問自答を続けていることなんです。それに対する明確な答えが見つからないんです。あまりにも困惑してしまって、自分自身を制御できなくなっていました」
「その時、あなたは、あなたでなくなってしまった、と……」
「ええ、脳のロジカルな部分がシャットダウンされていました。ファイト・オア・フライト(差し迫った状況において、戦うか逃げるかを決める生理学的反応)の状況に陥っていた。そこで逃げ道を見つけることができなかった。今、冷静に振り返ってみて、私が起こした事実を考えると、とても苦しくなるんです。自殺も考えたことがあります」

その心境を聞いた途端、ふと思った。程度の差こそあれ、人間は、「ファイト・オア・フライト」の場面に遭遇することがあるのではないか、と。その場面に出くわして、実行するかどうかの瀬戸際で、多くの人間は思い留まるものなのだろう。だが、その時のハメルには生理学的反応をうまく制御できなかった。

オレンジ色のジャンプスーツを着た若い囚人
写真=iStock.com/South_agency
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犯行からわずか18カ月で死刑が宣告された

「ここにいるあなたとは違う別人がいた、ということですか」
「その通りです。あの時の私は、明らかに今とは別人です。あの頃は、無神論者でした。ストレスの出口が見つからなかった。ずっとクローン病に悩まされていて、その状態のまま仕事にも行って、4年間の毎日が辛かった。当時は、全力を尽くしていたつもりだし、すべてに必死でした。でも周りは、私の全力では不十分だと言っていた。それで、すべてが自分の責任なんだと思い込んだのです」

人間は、いつどこで何をするのか予測できない生き物だ。しかし私は、事件の真相やハメルの深層心理などの細部に踏み込むつもりはない。死刑判決を下された本人が、いかなる心境で独房生活を送り、最期を迎えるのか。そのことを知りたかった。

事件の話になると、ハメルの口数が多くなった。ハメルは、そのまま続けた。

「分からないものですね。事件前は、法に反した行動を取ったことがなかったというのに。全員にショックな出来事でしたし、自分自身にもショックでした。合理的な考えがまったくできなかった。とにかく何も考えずにそれをしてしまったのです」

そう口にすると、ハメルの頭の中に当時の光景が鮮明に甦ってきたようだ。家庭内の事情について、もう少し詳しく話し始めた。

「義父は、私の生き方に不満はなかったのですが、家のことを少し手伝ってほしいと頼んできました。しかし、私の健康状態が良くなかったので、それができなかった。義父は、私と一対一の会話を避け、妻に電話で話していました。それが彼女のストレスになり、妻が家に戻るたびに、そのストレスを私にぶつけていた。悪循環でした。だから、自分がどう努力をしても、その悪循環は尽きないと思うようになったんです」

3人を殺害したこの事件は、テキサス州ダラス近郊のトップニュースになった。犯行からわずか18カ月で、ハメルに死刑が宣告された。

話を聞く限り、ハメルはとても落ち着いた様子で過去の自己分析を行ない、反省とも取れる言葉を口にしていた。言い訳も、ほとんど聞こえてこなかった。過去の罪を認め、悔やむこの男に死刑は本当に必要なのか。そんな思いが、私の心の中に浮かんでいた。