人間は知らない図形に名前をつけることができる

私はなぜ「やよい」を推したのか。再びタイムマシンに乗り込むときが来たようだ。妻と出会う前まで時代を遡ろう。

アメリカの大学で教鞭をとっていた頃のことである。一時帰国の折、友人が神田の蕎麦屋に招待してくれた。日本食の素晴らしさを再認識しながら食後のひとときを楽しんでいると、彼が言った。「なぁ、お前メイド喫茶って知ってる?」知らないが興味はある。

行ってみたい、行きたい、行こう。幸い神田から秋葉原まで、急げば10分だ。すぐ行こう。そして、「もえもえきゅん」をどこまでも追求するあの異世界に一発で魅せられた……だけでなく、学問的な好奇心も大いにそそられることとなった。

そう、メイド喫茶に通うためには、研究という言い訳が必要だ。私の言い訳は「魅力的な名前の探求」であった。これで最後だから、もう1回タイムトラベルにお付き合い頂きたい。時は1929年に遡る。ケーラーという心理学者が、以下のような実験を行った。

図表1のようなふたつの図形があるとしよう。

一方は「マルマ[maluma]」という名で、もう一方は「タケテ[takete]」という名だ。どちらがどちらの図形の名前にふさわしいだろうか。

【図表1】ケーラーの図
ケーラーのふたつの図形を描き直したもの。『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』より

おそらく多くの読者が同じ感覚を持つだろう。[maluma]は「丸い」、[takete]は「角ばっている」。日本語には「丸」という単語があるから当たり前だと思った人もいるかもしれない。

そういう方は、[maluma]を「モルナ[moɾuna]」と置き換えても、まだ丸い感じがするはずだ。そして今度は、「やよい」と「さつき」の音の響きを[moɾuna]や[takete]と比べてみてほしい。今回のタイムトラベルの意図が見えてくるだろう。

ケーラーの実験により「人間は知らない図形に名前をつけることができる」ということが判明した。しかも、そこには法則性が潜んでいる。

音だけで形が想像できるのはなぜか

ここで、説明のために「阻害音」と「共鳴音」という音声学用語を紹介させてほしい。

阻害音:パ行、タ行、カ行、バ行、ダ行、ガ行、サ行、ザ行、ハ行
共鳴音:マ行、ナ行、ヤ行、ラ行、ワ行

「これを覚えろと?」と思われるかもしれないが、心配はいらない。「阻害音」と「共鳴音」の区別は「濁点をつけられるか、つけられないか」で判断ができる。

阻害音=濁点をつけられるもの+濁音・半濁音
共鳴音=濁点をつけられないもの

または、本書の第4、5話でしっかりと音声学入門を済ませたみなさまは、以下のように考えてもよい。

阻害音=破裂音+摩擦音+破擦音
共鳴音=鼻音+はじき音+接近音

さて、先ほどのケーラーの名付け実験を振り返ってみよう。共鳴音を含んだ名前は丸く、阻害音を含んだ名前は角ばった印象を受ける。

このような「音の意味のつながり」を「音象徴おんしょうちょう」と呼ぶ。ちなみに、本書第1話のプリキュアの分析のときに語った「両唇音=可愛い」も音象徴の一例だ。