「お陰でなかなか楽しい、いい人生だったよ。ありがとう。みんな元気でね。……ガクッ」

月並みだがこんな言葉を残して家族に見守られながら逝きたいと思っている。でも、このささやかな願いは叶うだろうか。私が見送ってきた人たちは、皆最期はチューブにつながれ、口元も酸素マスクで覆われていて、言葉を残すどころではなかった。冒頭のような死に方は映画やドラマの中でしか見たことがない。

本書は、鑑真から越路吹雪まで、さまざまな時代、ジャンルの100人を選び、その最期の言葉を紹介している。著者が分類しているように、この種の言葉は辞世の句や遺書などで残っているもの、死の間際に発した言葉、生前、特に晩年のその人の人生観をよく表している表現など、出所はマチマチで本書でもそれらは混在している。

本人が辞世として残したものは、やはり立派なものが多い。

「散りぬへきとき知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」(細川ガラシャ)。関ヶ原の合戦で西軍の人質になることを死によって拒否したわけだが、極限状態でこのような美しい言葉が出てくることに感嘆する。

「私の墓は、私のことばであれば充分」(寺山修司)。詩人、歌人、小説家、映画監督。マルチな才能と同じくらいの数の病気も抱えていた寺山だが、死後まもなく出た週刊誌のエッセーに残された一言は、まさしく彼の真骨頂であったろう。

「善もせず悪もつくらず死ぬる身は地蔵も誉ず閻魔しからず」(式亭三馬)。素顔は面白みのない常識人であったという滑稽本作者の諧謔は、なかなか味があり、思わずわが身に置き換えてしまいそうだ。

カッコよくもない言葉が、こちらの胸に迫ることもある。

「何しろ、だれも知らない暗い所へ行くのだから、なかなか単純な気持ちのものじゃない」(田山花袋)。喉頭癌で亡くなる前々日に、友人に命が尽きる間際の気持ちを尋ねられての言葉。……尋ねるほうも尋ねるほうだ。因みに島崎藤村だそうな。

「これでおしまい」(勝海舟)。

「じゃ、おれはもう死んじゃうよ」(幸田露伴)。シンプルだが、逆に悔いのない人生だったという充実感が窺える。

もちろん最期の言葉が必ずしも名言とは限らない。功成り名を遂げた人たちとはいえ、死が迫ったそのとき、(自ら命を絶つ場合を除けば)脳細胞の働きも少なからず弱っているだろう。それでも、遺言や絶筆が気に掛かるのは、私たちが死に対する特別な思いから逃れられないからだ。いつかきっとくるが、さしあたってはきてほしくないその日のこと。あの偉人はどんなふうだったのだろうと。

さて、戦後マスコミ界に君臨した評論家大宅壮一は、1億総白痴化、恐妻家、駅弁大学など、数々の造語を生み出した。言葉の達人は死の直前、妻に向かって何を言ったか。「おい、だっこ」。男はみんな甘えん坊なのである。