著者の山川静夫氏は元NHKの看板アナウンサーだ。紅白歌合戦の司会を14回も務めたことで有名だが、実は30冊近い著作を誇る古典芸能評論家でもある。

本書は、著者の歌舞伎狂いを語るような自叙伝的な趣があるのだが、じつは歌舞伎という日本固有の文化を楽しむための必読書に仕上がっている。

歌舞伎関係の本というと、ほとんどが入門書であり、いかに歌舞伎が難解な芸能ではないかを強調するものが多い。あらすじの紹介や用語の説明に終始する本も多く、逆に歌舞伎は知識なくしては楽しめないような仕立てになっていることが多い。

ところが本書は歌舞伎そのものについての蘊蓄ではなく、本来は観客であるはずの「大向う」の実録なのだ。

「大向う」とは役者が見得を切るようなときに「成田屋」とか「七代目」などと声をかける人々のことだ。著者は大学生のころから、この「大向う」だったというのだ。

「大向う」の特権は木戸御免、すなわち入場料無料である。うまい掛け声は、それ自体が歌舞伎の一部と考えられるためだ。そのため「大向う」たちは精進のための会をつくり、活動しているという。また、役者も心地よく演技をするために、うまい「大向う」とは仲間のような関係を結んだという。

事実、著者も先代中村勘三郎と昵懇であり、早替わりの舞台などでは、勘三郎の声色で隠れて出演していた。昭和30年ころの大学生時代のことだ。なんともおおらかな話だが、観客はまったく気付かなかったという。

本書には、当時の「大向う」の名簿が掲載されている。住まいは新富町や日暮里などが多く、職業は鋳物屋、折箱屋、指物師などが目立つ。たしかに昭和30年代の歌舞伎は粋な江戸っ子が支えていたのだ。

著者はその中でも珍しい大学生の大向うだった。日記を見ると、ほぼ毎日歌舞伎座に通い詰めている。もちろん重鎮となるとさらに徹底している。昼の部で掛け声をかけている最中に高血圧でひっくり返り救急車で運ばれ、その夜の部でまた掛け声をかけていたという猛者もいるほどだ。

本書の前半が荒事だとすれば、後半は和事だ。先代勘三郎と大向うの名人との逸話などはすっきりと泣かせてくれる。著者が勘三郎の追悼番組を作った折、はからずも勘三郎がその大向うの名人と舞台で台詞をやり取りしていたVTRを使ったというのだ。

著者は舞台と客席が混然一体となってつくり出す空間こそ、歌舞伎の環境としてもっとも大切にされるべきだという。

建て替えのため、その歌舞伎をいまの歌舞伎座でみることができるのもあとわずか。歌舞伎座に行く暇のないひとは、本書でその名残を楽しんでみてはいかがだろうか。時節柄、熱燗などを忘れずに。