人権意識が極めて希薄だったのではないか

外部医師の医療行為についても検証が必要だ。胃カメラを行った消化器内科医師は、1カ月前から嘔吐を繰り返し、極端な体重減少と吐物に血液が混入していたとの情報を得ながら採血を行わなかった。入管での採血で特記すべき異常がなかったとの情報があっても再検査するのが普通だ。

また死の2日前に診察した精神科医は、素人目にも衰弱していることが明らかなウィシュマさんに、初対面でいきなり抗精神病薬を投与開始時の一回投与量の4倍量投与した。そもそも薬剤によって鎮静させる行為は、ドラッグ・ロックと呼ばれる一種の「拘束」に当たる場合がある。高齢者施設などで不穏になった人に対して「おとなしくさせてしまおう」との目的で薬剤を過剰投与するのは虐待の一種であるという指摘だ。「精神的なもの」との決め打ちが抗精神病薬投与につながり、それが最後の引き金を引いてしまった可能性は否めない。

私には、外国人被収容者に対する人権意識が、今回関係した人たちの間で極めて希薄だったのではないかと思えてならない。そのような根源的な構造が横たわる上に行われた処遇、医療行為が今回の事件の本質なのではないか。担当した医師たちの中にも、被収容者である外国人について「脱法行為を起こした好まざる人物」との先入観が、まったくなかったと言えるだろうか。

罪を犯した被留置者は「人として」扱われていた

私は過去に警察官に連れられて訪れる被留置者の診療もたびたび担当した。罪状は窃盗や薬物などさまざま。受診に際しては手錠をかけられ、腰縄はしっかりと署員に掴まれたままだったが、彼らは少なくとも「人として」扱われていた。

受診の理由も「捕まる前に服用していた定時薬がなくなった」とか「痔の具合が悪化した」とか「眠剤が欲しい」といった軽症もしくは緊急性のないものであったが、それでも医療を受ける機会は奪われてはいなかった。かたやウィシュマさんの場合はどうであったか。

前編で私はウィシュマさんがビタミンB1欠乏に陥っていたのではないかと指摘したが、過去には警察の留置施設内でも脚気かっけを発症した例が報じられている。2019年11月8日の埼玉新聞によれば、川口署内に留置されていた20~30代の男性被告4人が9月ごろから脚のしびれを訴えたため受診したところ、カロリーとビタミンB1不足を指摘された。適切な診断のもと回復したが、原因は糧食業者から提供されていた弁当であった。以後県警は被留置者に栄養ドリンクを支給し糧食業者に対する指導を徹底したという。