「冒険」に魅了された少年

管理人の助力を得て義母が所有するビルに隠れ部屋をつくったティヴァダールは、次に家族以外の者に身分証明書を提供しはじめた。

書類を偽造する職人の元締めと渡りをつけ、白紙の記入用紙やゴムのスタンプを提供する者、新しい書類を古びたものに見せる職人も確保した。

ティヴァダールは、依頼人を3つのグループに分けた。

第一は、非常に親しいか、絶望的な窮地に陥っている者たちで、書類は完全に無料で提供された。第二は、道義的に恩義を感じていて、相手から利益を得ようとは思わない者たちで、書類は実費で提供された。第三は裕福な顧客で、“市場価値”が許すかぎりの金額を請求した。

そのなかにはユダヤ人の祖父母をもつクリスチャンの貴族や財界人、「ハンガリーでは、全世界にとってのロスチャイルドに匹敵する」大富豪もいた。

状況がさらに逼迫すると、ティヴァダールはリスク分散のため家族をばらばらに住まわせることを決め、農務省で働いている男に金を払い、ソロスを息子として同居させてもらうことにした。

ところが通りの向かい側に住む級友と顔を合わせたことで、ソロスは母親が疎開した保養地まで一人で旅するよう指示される。

ソ連軍がハンガリーに侵入した数カ月後には、ふたたび父親と暮らすため、14歳のソロスはさまざまな迂回ルートを使ってブダペストに戻るという「冒険旅行」を敢行した。

隠れ家に転落してきた17歳のドイツ兵

戦争末期の1944年11月、ブダペストは低空飛行するソ連機があたりかまわず機銃掃射し、路上に人間や馬の死体が転がっていた。

近くの街灯柱に2体の死体が吊るされ、一方には「これが隠れ住んだユダヤ人のなれの果て」、もう一方には「これがユダヤ人をかくまったクリスチャンのなれの果て」と書かれていた。

そんななか、ソロスの主な仕事は、近くの市場の地下から水を汲み上げ、バケツで運んでくることだった。

そんなある日、隠れ家の浴室にドイツ兵が転落するという事件が起きた。軍服に身を固めた金髪碧眼の「まるで赤ん坊のようなすべすべの顎をした少年だった」。

このときの出来事は、ティヴァダール自らが記している。

「いくつなのかい?」これが私の最初の質問だった。
「17です」
「煙草は吸う?」
「はい」

少年は私が差し出した煙草を手に取り、火をつけ、飢えたように吸い込んだ。少年の説明によれば、このビルのすぐ前にソ連軍の戦車が迫っているのだという。あわてて通風口に飛び込んだところ、この浴室に転がり落ちたというわけだ。

私たちは15分ばかり話を交わした。いよいよ、この少年をどうすべきかという問題になった。

どうやら14歳の私の息子は、目に一杯涙を溜めているらしい。私はまず、このアーリア人兵士に煙草を一握りつかんで渡すと、こう命じた。

「ここに飛び込んできたときと同じ道筋で出てゆきたまえ」

息子たちが少年を押し上げて何とか窓枠によじ登らせると、このドイツ軍の一員たる武装兵士は、無事、ユダヤ人占領地域から脱出した。

14歳のジョージ・ソロスにとって、ナチス占領下のブダペストでの父親はまさに英雄そのものだった。その父の指揮の下、次々と襲い掛かる危機を間一髪でかわす「冒険」はこの少年を生涯魅了することになる。