リーマン後の円高は日銀の失敗だった

2008年から09年にかけて、世界経済は未曽有の金融危機、リーマン危機に襲われた。米英で多くの人々がサブプライム・ローンで持ち家を買えるようになったのはよかったが、返済困難も増えて住宅ローン債権の流動化を目的として証券化されたサブプライム・モーゲージの価格が急落し不良債権化、リーマン・ブラザーズ社は破産するに至る。

世界通貨レート
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米国連邦準備制度理事会(FRB)、イングランド銀行等は、なりふり構わず抵当証券を通貨で買い取ることでこの危機を乗り切ろうとした。このことはとりもなおさず、米英の中央銀行は大幅の通貨供給を「量的拡大政策」として行ったことになる。

さて、日本ではサブプライム・モーゲージはなく、金融市場は平常通り機能していた。したがって、リーマン危機は日本経済にとって「蜂に刺されたようなもの」という、当時の与謝野馨経済財政担当相の言葉も違和感なく受け止められたのである。

しかしながら、変動為替相場制の下では各国の通貨政策の間に強い相互依存関係があることを、日本の政策当局や当時の日本銀行は十分に理解していなかった。たとえば、ドル円レートはドル資産と円資産の間の相対価格である。したがって、リンゴが市場で品薄であればリンゴの相対価格が高くなるように、米国の量的緩和でドルが急速に増え、円が相対的に不足すれば、円の為替レートは高くなる。