そもそも私たちはどのように香りを感じるのだろうか

たしかに私の場合は取材に置き換えると、それを実感する。今回、東原教授の研究室にお邪魔したが、〈取材日はコートが必要な気候、古い建物の中にあった研究室、研究室で嗅いだ匂い〉とともに、〈話した内容、会話に沿った東原教授の表情〉が鮮明に思い出される。ところが、電話やリモートによる取材では「誰と何を話したか」は覚えていても、その“深い感じ”は記憶に残りにくい。取材日が、暑かったか寒かったかどうかさえも、はっきり思い出せないのだ。

「“脳の緊急事態宣言”を出す事態だと感じる」と、東原教授が続ける。

「五感すべてをバランスよく使って情報を取り入れ、適切な行動を取るのが人間らしさだと思います。ところが今は皆がマスクをしているため相手の顔色が読み取りにくい。口の動きが見えないので言葉のニュアンスを感じにくい。視覚情報としても“目”しか見えないから情報が十分にない。となれば読み取る力が育まれません。特に子供たちの行く末を感じると、人間としてのコミュニケーション能力が育たないのではないかと危機感を感じます」

そもそも私たちはどのように香りを感じるのだろうか。

「鼻の奥には嗅覚受容体という香りを感じるセンサーたんぱく質(香りセンサー)が存在します。センサーは約400種類。そこに香り物質が『はまる』と、香り情報が脳に送られます」(同)

香りの情報が脳に入ると、前頭眼窩野がんかやや扁桃体、海馬へと伝わり、「好き? 嫌い?」「過去に嗅いだことがある?」などと判断される。400種類の香りセンサーと、香り物質の組み合わせで、私たちは何万種類もの香りを嗅ぎ分けられるのだ。甘み、酸味、苦み、塩味、うまみの大きく5種類に分けられる「味覚」と違い、香りは無限にあるといわれている。

しかし視覚や聴覚(言語)に頼る情報化社会の中で、私たちは香りを“情報”で判断しやすく、本能的な嗅覚感覚はえてして封印されている。

「情報で判断するとは、同じ匂いでも『納豆の匂い』と言われれば大丈夫なのに、『足の匂い』と言われたら途端に嫌になるような感じです」と東原教授。

読者が気になるであろう「加齢臭」も、そうと告げずにブラインドでその臭いを嗅がせると、「好きでも嫌いでもどちらでもない」人が8割という。要するに“臭くない”のだ。人の体臭そのものも、ブラインドで嗅げば「安心感を得られるもの」なのだとか。

「花や柑橘系とは違って人の体臭は“動物的な匂い”。本質的には、“人間臭がする”ことで、むしろ仲間がいるという安心感につながっているのです。緊張すると鼻に手をもっていくことがあると思いますが、あれも自分の匂いを嗅いで安心させているのです」