「壁の黒い模様が動いていたんです」

また、ゴキブリから検出される病原体から重篤な病気につながることがある。サルモネラ菌は食中毒を引き起こすし、チフス菌は腸チフスを引き起こす。最近では、胃がんや胃潰瘍の原因となるピロリ菌もゴキブリが媒介しているという説も飛び出している。毒性が高い危険なウイルスや菌を持っていることも多い。ゴキブリは膜に覆われており、自らは雑菌はものともせず、部屋中に菌を撒き散らすという厄介な生き物なのである。

ある日、上東氏はゴミ屋敷と化した1DKの部屋の片づけを依頼された。そこは、どこもかしこもゴキブリが住み着く屋敷だった。この部屋の住民の70代の女性はほとんど目が見えず、大量のゴキブリの存在に気づくこともなかったらしい。買い物をしても、食べ物をそのまま放置してしまうため、ゴキブリの天下になっていた。百戦錬磨の上東氏でも、大量のゴキブリとの格闘は、今も思いだすと身の毛がよだつという。

「床やキッチンに目をやると、壁の黒い模様が動いていたんです。同時にゴミ袋がカサカサと鳴っていました。絶句しましたね。さすがにこれほど多くのクロゴキブリを一度に見たことはなかった。壁一面が何千という数のゴキブリでいっぱいでした。この住民の方ががんになったのも、ゴキブリが原因だった可能性が高いですね」

孤独死の部屋には日本社会のリアルが表れている

ゴミが積み重なった部屋
筆者撮影

女性は胃がんの末期で余命宣告を受けていた。ゴキブリが徘徊はいかいすることでピロリ菌が原因となったのかもしれない。孤独死現場を取材していて、いつも思うことだが、もっと早く女性の惨状に気がついて誰かが介入できていれば、結果は違ったかもしれないと思うと、胸が痛む。

長期間見つからない遺体、そして、増え続ける孤独死。その裏には、さまざまな縁から切り離された「社会的孤立」の問題が潜んでいる。日本は、OECD加盟国20国中、社会的孤立者の割合が最も高い。孤立と分断が進んだ日本社会のリアルが、亡くなった人の部屋に必然的に表れるのだ。

孤独死の増加とともに近年、特殊清掃業者は他業種から参入が増えつつある。孤独死が増え続ける限り、彼らの仕事は止まることはないし、業者の数も増え続けるだろう。そんな特殊清掃を巡る日本社会が映し出すいびつな現実に、私たち社会の一人ひとりが自分事として向き合うべきではないだろうか。

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