自分は殴り合いの喧嘩とは無縁だと考えている人は多いだろう。しかし刑事弁護に詳しい長谷川裕雅弁護士によると、「大人の喧嘩の多くは、喧嘩しそうにない普通の方が当事者になっている」という。

暴行事件について会見する歌舞伎俳優の市川海老蔵氏(右)。先に通報したのは海老蔵氏の妻だった。(PANA=写真)
写真を拡大
暴行事件について会見する歌舞伎俳優の市川海老蔵氏(右)。先に通報したのは海老蔵氏の妻だった。(PANA=写真)

多い事例の一つは、タクシー運転手とのトラブル。酒に酔った乗客が運転手と喧嘩になるパターンだ。酔ってタクシー内で寝込んでしまった場合、「目的地で運転手に揺り動かされた瞬間、防衛本能で思わず手を出してしまうことがある。この場合にタクシー運転手が警察に通報すると、飲酒している乗客が圧倒的に不利になる」(同)。

酔ってタクシーに乗り、目が覚めたら警察官に囲まれていたということのないように、お酒の飲み方には十分に気をつけたい。

交通トラブルにも要注意だ。車外に出ると、何もしなくても、相手が「突き飛ばされた」と言い出したりする恐れもある。相手が医師の診断書を取れば、何もしていなくても、傷害の容疑者とされてしまう可能性もある。このようなトラブルに慣れている“プロ”も存在する。挑発されても車外には出ずに、車内から携帯電話で警察に通報したほうが安全だろう。

このように、ストレス社会では、些細な火種に端を発し喧嘩に発展することも多い。たかが小競り合いでも、暴力は立派な犯罪だ。相手に暴力をふるうと暴行罪(刑法208条)。相手に怪我を負わせたら傷害罪(刑法204条)で、15年以下の懲役または50万円以下の罰金という法定刑が待ち構えている。

「手を出したのはお互いさまだから大丈夫」と油断していると危ない。「喧嘩両成敗」は中世日本の法原則の一つだったが、現代の法律においては、大人の喧嘩に両成敗という考え方は存在しないからだ。長谷川弁護士は次のように解説する。

「お互いに手を出したなら、理論上は2人とも加害者であると同時に被害者です。ところが警察は、そのように判断しない。どちらか一方が加害者、もう一方が被害者というわかりやすい構図に当てはめて事件を片づけようとするので、実態はお互いさまでも、どちらか一方だけが加害者にされることもある」

相手も手を出したのだから正当防衛だ、という抗弁も通用しない。正当防衛は、急迫不正の侵害に対して自分や他人の権利を守るためにやむをえず行う行為をいう(刑法36条)。最初に向こうから暴力をふるわれたら正当防衛が成り立ちそうだが、「相手に怪我を負わせた時点では怪我を負わせたほうが優位だったとみなされ、切羽詰まった状況ではなかった、すなわち急迫性はなかったと判断される可能性が高い」(同)。

では、実際には何によって加害者/被害者が決まるのか。鍵を握るのは110番通報だ。

「警察は、通報した側が被害者であるという予断を持って現場に駆けつけます。そのためどちらかが血を流して倒れているといった明白なケースでないかぎり、そのまま通報者を被害者、通報しなかった人を加害者とみなして事件の処理に入る。どっちもどっちの場合は結局、先に通報したほうが圧倒的に有利になる傾向がある」(同)

逆に相手に先に通報されると厄介だ。現場で警察官に「こちらが被害者だ」と主張しても、なかなか聞き入れてもらえないこともある。被害届を出すことは可能だが、受理を渋られたり、相手への報復目的で制度を悪用していると受け取られて不利に働いたりする可能性もある。加害者のレッテルを一度貼られると、後から覆すのは困難なのだ。身を守るためには、先にこちらが通報するしかない。

「もし先に相手に通報されたら、すぐに弁護士に連絡することも一つの方法。うまくいけば、こちらから被害届を出すなどして、被害者、加害者の構図をくつがえせることもある」(同)