カラニックは既存システムの矛盾を見抜く力があった

——ビジネスパーソンは、カラニックを反面教師として学ぶべきでしょうか。

【田中】全体としての評価はそうですね。ただ、部分的には参考になるところもあります。たとえばカラニックは、時代遅れの法律に戦いを挑みました。法律の制約要因は、イノベーションの原点です。私も外資系証券会社で「ストラクチャードファイナンス」をやっていたころは、既存の法律や会計制度の制約をいかにイノベーションを起こして乗り越えるかという視点で新しいものを生み出そうとしていました。カラニックもおそらくそこは同じです。既存の制約にはどのような矛盾があるのか、どうすればその矛盾を合理的に解決できるのか。それを見抜く力は卓越していたのでしょう。

写真=EPA/時事通信フォト
米配車サービス「ウーバー」の創業者、トラビス・カラニック氏

しかし、課題解決の手段が不適切でした。普通は突破すべき制約を見つけたら、「ルールの範囲内で解決することはできないか」を考え、時には「ここを変えれば社会的課題が解決される」と訴えて社会を巻き込み、最終的に法整備につなげていくことを目指します。グーグルやアマゾンも、法制度という秩序を前提としてイノベーションを起こしてきました。

それに対して、カラニックは時間をかけることを嫌い、ルールや法律を無視してサービスを提供し、既成事実化を狙いました。結果的にイノベーションが生まれるスピードは早くなりました。しかし、新しいものが生まれるなら何をしてもいいのか。その判断や価値観は人によるかもしれませんが、私は「目的のためには手段を問わない」というのは現代社会では許容すべきではないと考えます。

「両極端なもの」が同居している人物

——ウーバーは投資家から多額の資金を調達して成長しました。アメリカの投資家たちは、カラニックのやり方を許容していたのでしょうか。

アダム ラシンスキー(著)、小浜 杳(翻訳) 『WILD RIDE(ワイルドライド) ウーバーを作りあげた狂犬カラニックの成功と失敗の物語』(東洋館出版社)
アダム ラシンスキー(著)、小浜 杳(翻訳)『WILD RIDE(ワイルドライド) ウーバーを作りあげた狂犬カラニックの成功と失敗の物語』(東洋館出版社)

【田中】後からわかった部分もあるのでしょう。私も彼が犯したルール違反についてはこの本を読んで初めて知ったことが多々あったので。表現が難しいですが、彼は最大級に両極端な人で、正義感そのものも強いはずです。それが間違った方向に行って、「目的のためには手段を選ばず」になって最後は失敗した。そこがまさに彼の欠陥ですが、映画や漫画の中でも人が悪役に惹かれることがあるのと同じで、欠陥を含めてカラニックに惹かれた投資家もいたのでしょうね。

考えてみると、両極端なものが同居しているのはカラニックらしいですね。彼は自分が考えたビジネスモデルを「ビットと原子」と表現しています。ビットとはオンラインの世界のことで、原子は物理的なリアル世界のこと。従来のプラットフォーマーはビットの世界でプラットフォームを構築してきましたが、カラニックはそこに物質世界を掛け合わせて新しいプラットフォームをつくろうとした。カラニック自身も異質なものの掛け算のようなキャラクターで、それがビジネスモデルにも共通しているのは興味深いところです。

(聞き手・構成=村上 敬 撮影=浦 正弘)
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