「日本は弁護士が少なすぎる」という思い込みがあった

それでは、何を見誤ったのでしょうか。何を無視してロースクール・バブルに突入してしまったのでしょうか。

ロースクールや裁判員制度などの導入に向けた推進役の一つに、司法制度改革審議会というものがあります。2001年に出された「司法制度改革審議会意見書―世紀の日本を支える司法制度―」では、法曹人口の大幅な増加が必要であるとしていて、その中で「法曹一人あたりの国民の数が、日本では約6300人なのに対して、アメリカは約290人、イギリスは約710人、ドイツは約740人、フランスは約1640人と圧倒的に日本の法曹人口の不足があるとして、今後需要が量的にも質的にも拡大することが予想されるので、増加に直ちに着手すべき」としています。

確かにこのデータを見る限り、アメリカはもちろんのこと、ヨーロッパの主要国と比べても日本の法曹関係者の負担は大きく、増員しないと大変なことになると考えた人は少なくなかったでしょう。当時からこの分析に異議を唱える人はいたのですが、必ずしも大きな声にはならず、改革は断行されていったのです。結局のところ、弁護士は少な過ぎるという思い込みが政策の失敗を招いたのです。

私自身も、拙著『政策形成の基礎知識』(第一法規、2004)で、法曹人口を一気に増やして本当に需要があるのか、これほどまで多くのロースクールを設置して教育の質や学生の質が確保できるのか、問題提起をしました。

日本と外国では弁護士業の範囲がまったく違う

弁護士会や大学教員の側は、弁護士数を増やすこと、すなわち供給を増やせば需要は増すだろうと安易に考えていましたが、実際には国民の側の法曹に対する需要というものは思ったように増えなかったのです。何よりの問題は、法曹に対する国民感情の違いはもちろんのこと、各国の弁護士の役割の違いや、弁護士に類似する資格の有無について、きちんと考慮せずに法曹人口が大幅に足りないとあおったことだったと考えます。

すぐに弁護士を呼ぶ場面は、アメリカのドラマなどではおなじみですが、日本の場合だと、そこまで弁護士に頼らないという国民性があり、これはそう簡単に変わらないでしょう。それとともに、それぞれの国の弁護士の位置づけが異なることや、日本では特に隣接士業と呼ばれる弁護士以外の法律家が多数いるということを無視して議論を進めたことが、ロースクール・バブルの崩壊につながったと考えられます。

国ごとに見ると、アメリカの弁護士の中には日本における弁護士業務ではなく、税理士のような業務を専門とする人も多いとされています。イギリスでは弁護士は(法廷弁護士)と(事務弁護士)に分かれていて、法廷に立つのは法廷弁護士で、事務弁護士は日本の司法書士や行政書士のような仕事に従事しているとされています。