教皇が「世界一他人に冷たい国」で鳴らした警鐘

翻って、日本は「国は貧しい人々の面倒を見るべき」と考える人、ボランティアや寄付をする人、人助けをする人の比率が、他国に比べて極端に少ない「世界一、他人に冷たい国」である)。

集団主義のくびきからの逃避願望が強く、一人がかっこいい、他人のことなど構っていられないという極端な個人主義の傾向が強まる中、人とのつながり、人への思いやり、優しさの価値を説くことなどダサい、ととらえる向きもあるように感じる。

そうした空気感の下で、日本の孤独大国化は一気に進んでいる。世界の多くの国々で孤独は「現代の伝染病」として、喫緊の、そして最も重篤な社会問題として取りざたされ、政府や企業など社会が一体になって、対策に乗り出している。

しかし、日本では「孤独はかっこいい」「人は一人で耐えるもの」「孤独は自己責任」といった論調が非常に根強く、結果的に、引きこもりや高齢者の孤立、社会的に孤立者による犯罪、孤独死など、「孤独」に起因する多くの社会事象の解決に手が付けられていない状況だ。

鏡に映る自分にとらわれて他の人と向き合うのを恐れる日本人

教皇がこうした日本の現状を看破し、あえて、強い言葉で訴えかけたのは偶然ではないだろう。コミュニケーションやコミュニティの研究をする筆者が日々実感するのは、多くの日本人が、鏡に映る自分の姿ばかりにとらわれて、他の人と向き合うことを恐れるようになっていることだ。

「自分を見つめろ」「自分らしく」といった大号令とともに、人はどんどんと内向きになっている。その先にあるのは一億総コミュ障化と孤独化、というわけだ。

こうした日本の、いや世界の社会問題を、「ゾンビ」や「セルフィー」などというキャッチーで当世的な言葉を用いて、あぶり出し、人間の根源的な幸福の本質を突く教皇の圧倒的な洞察力と言葉力。

その豊かな表現力を、「コミュ力が高い」などという下世話な評価をすることは恐れ多くてできないが、彼を駆り立てる強い信念が、世界中の多くの人の感情を突き動かしているのは間違いないだろう。

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