社会人顔負けの段取り力を発揮

もう一人、海外の医学部で学ぶ学生をご紹介しよう。スロバキアのコメニウス大学で学ぶ妹尾優希さんだ。2017年から、帰国の際には、医療ガバナンス研究所でインターンをしている。

妹尾優希さん(左)とカリム・モウトチョウ君(右)。ナビタスクリニック新宿を見学して。中央は濱木珠恵院長。写真提供=妹尾優希さん

2018年の夏にインターンをしていた時の話だ。彼女は日本に帰国する前の1カ月間をモロッコで研修した。そこでカリム・モウトチョウ君という医学生と知り合った。カリム君は日本に興味があり、日本の学生団体を通じて、日本の病院で実習する予定だった。

ところが、学生団体とカリム君の間で行き違いがあり、予定した病院で実習ができなくなった。すでに航空機も手配しており、カリム君はどうしていいかわからなくなった。

窮地のカリム君を救ったのが、妹尾さんだ。私に「日本で引き受け可能な病院を紹介してほしい。本人は日本の先進医療を見学したく、泌尿器科と循環器内科を希望している」と連絡してきた。

私は彼女に旧知の堀江重郎・順天堂大学泌尿器科教授と加地修一郎・神戸市立医療センター中央市民病院循環器内科医長を紹介した。妹尾さんはモロッコから、彼らにメールで連絡をとり、カリム君の受け入れを調整した。2人と相談し、東京と神戸での宿舎や移動手段も手配した。神戸市立医療センター中央市民病院の実習初日に、カリム君が体調不良で遅刻した際には、その旨を先方に連絡までした。社会人顔負けの段取り力だ。

医師の家庭で育ったとは思えない行動力

妹尾さんは、当初、2018年の9月から中国の中南大学に1年間の留学を予定していた。9月10日の夜に羽田空港を出発し、上海経由で長沙に至る航空券も手配していた。

ところが、当日の昼ごろ、東欧への医学留学を斡旋している企業の担当者から「日本の医師国家試験を受ける際に、中国の大学での交換留学の期間を厚労省が認めるかわからない」と連絡があった。

私どもの研究室でのインターンの期間に、彼女は厚労官僚と知り合っていた。彼女は「厚労省の判断は、厚労官僚に聞くしかない」と考え、その官僚に連絡した。彼は、即座に担当課長にコンタクトした。担当課長は「個別のケースなので何とも言えない」と回答したが、その官僚は「スロバキアはともかく、中国は私の感覚では難しい」と自らの意見を教えてくれた。彼女にとって、もっとも信頼できる情報だった。彼女は、即座に中国留学を断念した。

正確な情報を入手し、適切に判断したことになる。社会人でも、ここまでできる人は多くはない。

彼女の両親は医師だ。父親は大学教授である。私の周囲には、医師の家庭に育ち、医学部に進んだ学生が少なくない。学生の多くは視野狭窄きょうさくだ。豊かな家庭で育ち、進学校から医学部に進む。周囲は医者ばかりだ。頭でっかちで、行動力がない人が多い。妹尾さんのような人物はまずいない。